CPRA Talk

Interview.002

権限制限の一般規定導入について、大林丈史芸団協専務理事に聞く

今年1月、文化審議会著作権分科会において、「権利制限の一般規定」について報告書がとりまとめられた。CPRATALK第2回では、この「権利制限の一般規定」導入の背景、課題やCPRAとしての今後の対応などについて、著作権分科会委員として分科会の議論に参加した大林丈史芸団協専務理事に話を聞いた。 なお、『著作権分科会報告書』は、文化庁のサイトから、参照することができる。
(2011年06月29日公開)

権利制限の一般規定導入の理由は何か

はっきり言えば、当初は「動機不純」であったと思います。テクノロジーの進歩に著作権法の規定が追いつかないので、権利者の権利を弱くしたり無くしたりしてコンテンツの流通を促進しようというのですが、結局、コンテンツの流通という錦の御旗の下に、作り手が一生懸命につくった著作物を、なるべく手軽に流通させたり利用したりできるようにしたいという発想があったのだと思います。 現在の日本の著作権法では、権利制限規定を、個別的かつ具体的に定めています。しかし、デジタル化・ネットワーク化が急速に進展し、著作物などの利用をとりまく環境が急激に変化する中で、個別の権利制限規定に当たらないような新たなビジネスは、権利者の許諾を得なければ開始できず、その発展を阻害することになるのではないか、アメリカ著作権法に定められているような「フェアユース規定」があれば、こうした状況を打開できるのではないかという目論見があったのでしょう。 そのような意見も散見される中、2008(平成20)年11月に、知的財産戦略本部「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」が、「権利制限の一般規定(日本版フェアユース)※1 を導入することが適当」とする報告書が端緒となって、2009(平成21)年6月の『知的財産推進計画2009』を経て、文化審議会著作権分科会での議論が開始されました。 私は著作権分科会で、「フェアユース」という言葉を使わないよう要望してきました。なぜなら、日本の著作権法は、判例法に基づいた英米法ではなく、制定法に基づいた大陸法の発想と同じにしています。アメリカの「フェアユース」規定は135年の歴史と判例の積み重ねの上で法制化されたものです。しかも、日本とアメリカとでは、その歴史的社会的背景が全く異なります。「フェアユース」という言葉を使い議論することによって、あたかもアメリカの「フェアユース」規定を、日本にそのまま導入するかのような誤解を与えてはならない、そもそもアメリカの「フェアユース」規定を日本の著作権法に持ち込むことはできない、不可能なはずだと思っていました。 その後、およそ2年に亘る著作権分科会における議論の末、取りまとめられた分科会報告書では、「権利制限の一般規定」がない現行著作権法下では、権利者がおよそ権利侵害を主張するとは考えられないような著作物の利用であっても著作権侵害にあたるかもしれない、と無許諾での利用を躊躇する場合もあり、「権利制限の一般規定」を導入することによって、そのような萎縮効果が一定程度解消されることが期待できるとして、導入の意義が認められました。そして、アメリカの著作権法に定められているような「フェアユース」規定を導入するのではなく、三つの行為類型、つまり、著作物の付随的な利用(A類型)、適法利用の過程における著作物の利用(B類型)、及び著作物の表現を享受しない利用(C類型)を、一定の条件の下、「権利制限の一般規定」の対象として位置付けることが適当であるとしたのです。

日本の著作権法になじむのか

長い間個別の権利制限規定により形成されてきた一定の利用秩序の中に、「権利制限の一般規定」という新たな制度が、日本の著作権法に導入されることになります。「権利制限の一般規定」では、一定の包括的な要件を定め、権利制限に該当するか否かは、裁判所の判断に委ねられることになります。大陸法の発想を基調とする日本の著作権法に、裁判所を通じて事後、権利制限に該当するか否かが判断される規定が持ち込まれることになるのです。 著作権や著作隣接権に関する国際条約では、締約国がその国内法において権利制限規定を設けるための基準として、スリー・ステップ・テスト※2 を課しています。そのため、2001年のEU情報社会指令では、権利制限規定を限定的に個別列挙し、導入する際には、スリー・ステップ・テストに反しないように適用しなければならないとしています。分科会報告書によれば、EU指令では、権利制限規定を設けることができる範囲を限定しているので、EU加盟各国がその範囲を超えた利用も可能となる「権利制限の一般規定」を国内法に導入することは、否定されると解釈されているようです。 したがって、スリー・ステップ・テストに整合した「権利制限の一般規定」を導入するとしても、権利制限の目的をより明確にした、どちらかと言えばイギリスの「フェア・ディーリング規定」に近いような、目的を明示した権利制限の一般規定もあるでしょう。あるいは、フランスのように、スリー・ステップ・テストそのものを条文の中に書き込むといったものもあるでしょう。 スリー・ステップ・テストを満たし、権利者の権利をきちんと保護しつつ、著作物や実演などの利用秩序に混乱をもたらさないためには、まずは、「権利制限の一般規定」の条文の「書きぶり」が重要ではないでしょうか。

実演家、権利者の今後の課題は

今後、いちばんポイントになるのは、「権利制限の一般規定」の条文の「書きぶり」だと思います。すでに、原則的には導入されることになっているので、問題はその導入のされ方、つまり、A類型、B類型及びC類型に整理された「権利制限の一般規定」に関する条文の書きぶりがポイントになります。 分科会報告書の文言がそのまま条文上の表現となるものではないとはいえ、「権利制限の一般規定」の対象となるA類型やB類型では、たとえば「社会通念上軽微であると評価できるもの」ならよいというような文言があります。しかし、「軽微である」と誰が決めるのか。また、社会通念というのは、時代状況によって変化していくこともあります。その考慮もなく、「社会通念」という曖昧模糊とした基準を用いています。分科会報告書の文言がそのまま条文上の表現となるものではないとはいえ、あまりにも「社会通念」という言葉を非常に手軽に使い過ぎていると思います。 また、「権利制限の一般規定」の導入について議論される中で、いわゆる「居直り侵害者」が蔓延することなどを懸念してきました。分科会報告書では、「権利制限の一般規定」の要件や趣旨を条文上一定程度明確にすることで、このような懸念はある程度解消されうると述べられています。 今は政局が混とんとしていて、何時法制化されるかわからない状況ですが、いずれ国会審議の中でも議論され始めるでしょう。今後は、権利制限の一般規定の対象として整理された三つの類型に関する条文の書きぶり、とりわけ、分科会の議論でももっとも曖昧であると非難されてきたC類型の書きぶりについて、注視しなければならないと思います。 また、分科会報告書には、引き続き注視しなければならない文言がいくつかあります。たとえば、「クラウドコンピューティングの進展等、情報通信技術の進展等に伴う著作物の創作や利用を取り巻く環境の変化については、今後もその動向に留意することが求められる」として、「権利制限の一般規定」の対象となり得る行為が、今後も広がるかのような記述も見られます。また、「パロディ」の問題を権利制限の対象と位置付けるには、検討すべき重要な論点が多く存在するとしているにも拘らず、「パロディとしての利用...に伴う問題については、関係者の要望も強いことから早期に検討する必要がある」などということが、スルッと入っているのです。 また、「著作物の表現を享受しない利用」として整理されているC類型に関しては、「著作権者の利益を不当に害しないという要件を付した上で、例えば著作物の本質的な利用か否かを基準にし、権利制限の対象範囲を拡げるべきではないかとの意見があった」とも紹介されています。 このように分科会報告書には、「権利制限の一般規定」の対象とする三つの類型よりも、さらに射程範囲の広い「権利制限の一般規定」の導入を主張する意見にも配慮したような表現がいくつも入っています。アメリカのような本格的な「フェアユース」規定は導入することができないことがわかったので、玉虫色の表現にして、隙あらば、さらに「権利制限の一般規定」の対象を拡大しようと考えている人に塩を送っているかのように思えてしまいます。 分科会報告書を取りまとめた前期最後の分科会でも、権利が集中管理され、確りと権利処理されて著作物等が利用されているケースについては、「権利制限の一般規定」の対象になるとは考えておらず、その旨周知等を図っていきたいとの発言が、文化庁からありました。そのため、「権利制限の一般規定」が導入されようとしている今こそ、権利の集中管理によって、権利を保護しつつ、利用を円滑化する、というCPRAの役割はますます重要になってきていると思います。今後も実演家の権利保護がなおざりにされることがないよう、審議会での議論等を通じて実演家の立場を主張するとともに、時代の変化に迅速に対応した実演の利用の円滑化にも引き続き努めていかなければならないと思います。

Profile

大林丈史(おおばやしたけし)
俳優、(社)日本芸能実演家団体協議会専務理事、(社)日本映画俳優協会理事
1942年岡山県出身、東京外国語大学ポルトガル・ブラジル科卒業。67年、俳優座演劇研究所附属俳優養成所卒業、劇団俳優座入団。70年、米国国務省EWC留学生としてハワイ大学演劇科TDIプログラム修了(1ヶ年)。以後「塩見事務所」「(株)番衆プロ」を経て87年(株)コスモプロジェクト創立メンバーの1人として同社所属俳優となり、多数のTVドラマ、映画、舞台作品に出演、現在に至る。主な出演作品に、73年日本テレビ創立記念連続ドラマ「水滸伝」における主役の宋江や、83年映画「南極物語」(俳優、助監督として参加)などがある。

GUIDE/KEYWORD

権利制限の一般規定(※1)

著作権法では、権利者の許諾を得なければ著作物や実演などを利用することができないが、教育や福祉など一定の場合に限って、権利者の許諾を得ずに無断で利用することができる場合を、権利制限規定として定めている。このような権利制限規定について、日本の著作権法は、その利用目的や利用態様ごとに、個別的かつ具体的に限定列挙して定める、個別の権利制限規定の限定列挙方式を採っている。他方、一定の包括的な考慮要件を法律で定め、個々の利用行為が権利制限にあたるか否か裁判所が判断する、権利制限の一般規定による方式もあり、その代表的な例が、アメリカ著作権法の「フェアユース」規定である。批評、解説、研究、調査などのためのフェアユースは権利侵害にならないと定め、【1】使用の目的及び性質、【2】利用された著作物の性質、【3】使用された部分の量や実質性、及び【4】利用された著作物の潜在的市場又は価格に与える影響、という四つの考慮要素を掲げている(アメリカ著作権法107条)。裁判所は、この四つの考慮要素に基づいて、個々の利用行為が権利制限にあたるか否かを判断することになる。

スリー・ステップ・テスト(※2)

著作権・著作隣接権に関する条約に基づいて、著作権・著作隣接権の例外または制限が認められるか否かを決定する基本テスト。条約の加盟国が、国内法において権利制限規定を導入する際、同テスト(【1】著作物・実演等の通常の利用を妨げず、【2】著作者・実演家等の正当な権利を不当に害しない、【3】特別な場合)との整合性を考慮する必要がある。
当初は、複製権に限って、著作権の基本条約であるベルヌ条約で導入されたが、その後、TRIPS協定、WIPO著作権条約(WCT)により、著作権に基づく全ての経済的権利に、さらにWIPO実演・レコード条約(WPPT)により、同条約でカバーされる実演家及びレコード製作者の権利にまで拡大している。

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