CPRA Talk

Interview.006

音楽を巡る環境の変化と実演家について、大石征裕氏に聞く

2000年以降インターネットが普及、デジタル技術が進展し、音楽を巡る環境は大きく変化した。それまで音楽を聴く主なツールであったCDの売り上げが減 少する一方で、インターネットラジオ、ウェブキャスティング、クラウドサービス、SNS、YouTubeなど、音楽を入手する手段や視聴するメディアは多様化している。全体的に縮小しつつある音楽マーケットの中で、ライブ公演数は堅実に伸びてきている。こうした変化は、ミュージシャン等実演家の活動、さらにはCPRAで徴収分配するレコード実演使用料等に、どのような影響を与えているのだろうか。
CPRA TALK第6回では、L'Arc~en~Cielをはじめ多くの人気ロックグループを擁するマーヴェリック・ディー・シー・グループ代表の大石征裕氏にお話を聞いた。
(2013年02月12日公開)

数字だけを見て「音楽が売れない時代」と決めつけていいのか

音楽CDの生産額は1998年をピークに減少し続けています。昨年は、実に14年振りに生産額が前年度を上回ったことが話題になりましたが、それでもピーク時の半分にも達していません。
しかしながら、このような数字だけを見て「音楽が売れない時代」と決めつけていいのでしょうか。音楽CDの売上げが飛躍的に伸びた90年代は『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』、『Count Down TV』、『うたばん』など新しい歌番組が次々と開始された時期にあたります。さらには、テレビドラマやCMとのタイアップ、という新しい音楽プロモーショ ンの仕方が浸透し、ミリオンセラーが続出するなど、いわば、音楽産業のバブル時代だったと思います。従って、今音楽CDが売れないと考えるよりも、むしろ 『バブル』が弾け、通常に戻ったと捉えるべきではないでしょうか。オーディオレコード生産金額が1980年代後半とほぼ同じところを見ても、そういえると思います。

オーディオレコード総生産金額・数量の推移 006_graph01.gif

(『情報メディア白書2012(電通総研編、2012年1月)』を参考に、日本レコード協会公表資料より作成)

一方、音楽CD売上げの減少をカバーすると期待された音楽配信も思ったほどの伸びを見せず、むしろ減少傾向にあります。
一人当たりの音楽配信売上額を比較すると、日本と米国の間で大きな違いはないと聞きます。米国の音楽配信売上げのうち、日本ではまだ浸透していないサブス クリプション・モデルが大きな割合を占めていることを考えると、だいたいこの程度の売上げで落ち着くのではないかと思います。逆に言えば、日本でサブスク リプション・モデルの売上げを伸ばして行くには、新しい音楽の楽しみ方として積極的に広報していく必要があると思います。一定額を払えば聞き放題といって も、一般的な消費者から見れば、割高に感じるのではないでしょうか。スマートフォンの利用者が増えている今、最初は目新しさで飛びつくかもしれませんが、 最終的には、音楽CDやダウンロードに戻ってくることも起こり得るかと思っています。やはり好きなものは手許に欲しいという人間の心理は変わらないのでは ないでしょうか。

有料音楽配信金額の推移
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(日本レコード協会公表資料より作成)

ライブの売上げが伸びている理由

音楽CDも配信も伸びない中、ライブの売上は伸びています。
当社の場合、設立当初からライブ・チケットの売上げとライブ会場でのグッズの売上げが業績の大半を占めているので、顕著な変化はありません。ただ、他のプ ロダクションの方からは、90年代は音楽CDが収入の多くを占めていたけれども、最近ではライブの割合が増えてきているという話を聞きます。チケットの代 金も上がってきています。その一方で、オーディエンスがライブに期待するものも変化してきているのではないでしょうか。チケットの代金が高い分、会場に長 くいて楽しむ、言ってみれば、ライブの『ディズニーランド化』が進んでいると思います。このようなオーディエンスの要望に応え、こちらも楽しみ、いわばア トラクションを多く供給するよう努力しています。当社の場合、所属アーティストの要望も高くなってきているので、演出にお金がかかり、チケット代金の値上 がりが業績に反映されていませんが(笑)。
電車に乗ってライブ会場へ行くまでの行程も含め、音楽の楽しみ方の一つとして定着していると思います。
音楽CDにせよ、配信にせよ、生の演奏があるからこそ存在するのであって、いくら技術が進んでも、その事実はエジソンが蓄音機を発明したときから、さらに言えば「固定」と言うと譜面を指した時代から変わっていないと思います。
むしろ技術が進み、録音した音楽が簡単に手に入る今だからこそ、「好きなアーティストがそこにいる」というリアリティ、臨場感が得られるライブが注目されているのではないでしょうか。

コンサート市場規模の推移
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(『情報メディア白書2012(電通総研編、2012年1月)』を参考に、
一般社団法人コンサートプロモーターズ協会基礎調査推移表より作成。なお、( )内は同協会による調査会員社数)

デジタル化のメリット・デメリット

録音テープに収録したものをトラックダウンして、ラッカー盤にカッティングする、という工程で作成していたLPレコードと、音楽CDでは音の質感が全く違 います。また、同じ音楽CDでもデジタル化が進むにつれて、収録できるトラック数が飛躍的に増えました。音楽CDが発売された80年代初頭は16チャンネ ルしか録音できませんでした。そのため、当時のハードロック・バンドは、ツー・バスのドラムにベース、ギター二人、メインボーカルとコーラス、キーボード と、それに合わせて楽曲を制作していたのが、急速に技術が上がって48チャンネルがデファクトスタンダードとなり、今では無制限に録音できます。また、コ ンプレッサーも進化して、音圧も自由に変化できるようになり、できることがどんどん広がる一方で、楽曲自体はどんどん平坦になってきているように感じま す。専門の人がバックトラックを作成したものにボーカルを載せる、iTunesやYouTubeでいかに聞きやすくするかという観点で作る、というふうに 今では昔と全く違う音楽の作り方をしています。昔の方が簡単に録直しできなかった分、ワントラックへの情念が深かったように感じます。
曲のパターンはほとんど出尽くしていると思うので、メロディと抑揚を考えるように、とアーティストには言っていますが、どうしてもコード(和音)の積み方 を先に考えてしまうのが、デジタル時代の弊害ではないでしょうか。最近では、音が悪かったり、タイミングがずれてもいいのではないか、音楽は毎回違うのが いいのではないかというアーティストも多い気がします。それが最近の流れなのではないでしょうか。
一方で、デジタル技術の進展により、録音技術やライブで使用するPAスピーカーなど、音楽を表現するインフラが進化していることは大きなメリットですね。

プロモーション・ツールとしてのインターネット

情報を得る手段が、雑誌から、ラジオ、テレビ、そしてインターネットと変化してきました。特に実名での登録が主なFacebookの登場でSNSへの信頼 性が高まり、プロモーション・ツールとして活用できるようになったことは大きいです。私はプロダクションの優位性は、アーティストの一次情報を持っている ところにあると思っています。昔は、こうした情報をラジオや雑誌に流してきましたが、今では、音楽情報サイトに載せることとそれに合わせてSNSでつぶや くこと、それによっていかにユーザーに「いいね!ボタン」を押してもらうか、という形に変わってきています。インターネットが主流になると、どんどん情報 を入手するスピートが早くなり、それに伴い、情報が劣化する速度も早まってきています。昔は、ヒット曲がオリコンの首位を9週、10週維持するといったこ ともありました。今では新譜を出しても、私の感覚で言うと、発売後1週間程度しか売り上げが伸びない。音楽配信はもっと短く、3日持たない印象がありま す。もちろん人気のある楽曲は違いますが。アーティスト関連のニュースも、もって3時間くらいではないでしょうか。
当社でもウェブ専門の宣伝チームに対しては、1週間に2つのニュースを用意するよう、特に新譜リリースの2週間前は、毎週4つのニュースを用意して、どんどん提供していかないとインターネット上での注目を持続できない、と指示しています。

日本のミュージシャンがさらに海外で活躍するには

日本国内の音楽マーケットがシュリンクする中、海外マーケットへの進出の必要性が叫ばれています。
海外でいわゆるクールジャパンブームが起こった2000年初頭は、英語や現地語が使えなくても日本のミュージシャンが海外で活躍できました。というのも、 「ひらがな」がきっかけで日本文化への関心が高まったように、日本の文化が好きな当時の海外ファンの間では、日本語が話せることがかっこいい、という風潮 があったからです。L'Arc~en~Cielの海外での人気は、「鋼の錬金術師」に代表されるアニメテーマ曲がきっかけだったのですが、当時は海外での ライブでは、いわゆるアニメソングを中心としたセットリストでしたし、そのようなアニメファンを中心としたライブでは、MCを英語や現地語ではなく、日本 語でやってほしいというニーズが高かったです。
L'Arc~en~Cielは昨年ニューヨークのマディソンスクエアガーデンで日本人初となる単独ライブを実施しました。その時は、宣伝のためだけに最新 シングルの英語バージョンを別途作成し、現地での取材を受けるなど積極的なプロモーションを行いました。その結果、これまでのアニメファンだけでなく、純 粋な音楽ファンもきてくれました。その際に、英語や現地語で取材を受ける語学力やウィットが不可欠であることを痛感しました。
国内の音楽業界全体でも最近になって、ニッチなアニメファンだけでなく、海外でさらに一般的な人気を得るには、現地語ができることが必須であるという認識 が高まってきました。海外進出について、ようやく他の業界と同じレベルに達したということではないでしょうか。アーティストはもちろん、スタッフのスキル も高めていかなければなりません。

新しい音楽メディアには垣根を越えた柔軟な対応を

音楽の視聴メディアはこれだけ多様化していますが、CPRAが管理するレコード実演の利用形態は長年大きな変化がありません。 今後は、ウェブキャスティ ングやサブスクリプションなどの売り上げが高くなっていくと思いますが、個々の業者の売り上げは少ないので、従来のように集中管理団体がそれぞれ管理体制 を作って個々に対応するのではなく、業界一丸になって対応するべきではないかと思います。今までにない音楽の流通の仕方ですから、これまでの垣根を超えた 柔軟な対応が必要なのではないでしょうか。

定型に埋もれない新しい楽曲を作りたい

欧米ではパーソナライズドラジオのように、自分の音楽の好みに合わせて曲を選択してもらい、流してもらうサービスが人気と聞きます。こうしたサービスが主流となると、ユーザーは個々の楽曲、個々のミュージシャンを認識しなくなるのではないか、と危惧する人もいます。
L'Arc~en~Cielが20周年第2弾シングルとして発売した「XXX」は、これまでとは異なる曲調だったので、当初売れないのではないか、という身内の声もありました。しかし、結果としてノンタイアップで、11万枚を超える大ヒットとなりました。
L'Arc~en~Cielといえば、という定型パターンがありますが、今後もそういった定型に埋もれない新しい楽曲作りに挑戦していきたいと思います。

Profile

大石征裕(おおいしまさひろ)
マーヴェリック・ディー・シー・グループ代表

1960年大阪生まれ。1981年「デンジャー・クルー」設立、1983年ムーンレコード、ユイ音楽出版との傘下で44マグナムをデビューさせる。 1985年インディーズレーベル「デンジャー・クルー・レコーズ」を設立、2000年香港、上海に支社を設立し、本格的に海外事業展開を開始。同年、「㈱ ジャパン・ライツ・クリアランス」 設立、取締役に就任。2003年「(社)音楽制作者連盟」 理事就任 (現・一般社団法人日本音楽制作者連盟)。2007年「デンジャー・クルー」の名称を「マーヴェリック・ディー・シー・グループ」と変更の上、 C.E.O.に就任し、インディーズをベースに、L'Arc~en~Cielを始めとするロックバンドを輩出。「(社)音楽制作者連盟」(現・一般 社団法人日本音楽制作者連盟)理事長及び「(財)音楽産業・文化振興財団」 理事に就任。2008年 「(社)映像コンテンツ権利処理機構」 顧問に就任。2009年 「SYNC MUSIC JAPAN 実行委員会」を設立し、委員長に就任。

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