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デジタルシフトで新世代のブレイクが続く ヒットチャートの最新事情

音楽ジャーナリスト 柴 那典

コロナ禍で大きく変容した音楽市場。ヒットの生まれる場所はCDからサブスクへと変わり、TikTokの浸透で新たなアーティストのブレイクも続出している。この先の音楽シーンの行方について、ビルボード・ジャパンのチャート・ディレクターをつとめる(株)阪神コンテンツリンク礒崎誠二氏に聞く。

ヒットの生まれる場所がCDからデジタルへ

 YOASOBI「夜に駆ける」を筆頭に、CD未発売ながらヒットチャートを賑わす楽曲が増えた2020年。礒崎誠二氏は、CDからデジタルへとヒットの生まれる場所が変わったのは数年前からの傾向だという。

 「潮目が変わったと思ったのは2016年ですね。総合2位にRADWIMPSの『前前前世』、6位にピコ太郎の『PPAP』が入っていた。共にCDシングル未発売の曲です。20年にYOASOBIの『夜に駆ける』がCD未リリースのアーティストとして初の総合1位になりましたが、その兆候は2016年のタイミングですでにありました。そこから次のターニングポイントは2019年。この年にはあいみょんの『マリーゴールド』が総合2位、アーティストのランキングでもあいみょんが1位になっています。この曲はノンタイアップで、完全にオーディオストリーミングが牽引しているヒットだった。ここでもフェーズが切り替わったと思います」

 サブスク型音楽ストリーミングサービスがスタートしたのが2015年の頃だ。コロナ禍でこれらの存在感は大きく増し、さらに瑛人「香水」などTikTokが火付け役となるヒットも生まれた。

 「コロナ禍の影響によりユーザーの可処分時間が増えたのは明らかです。それによってTikTokに代表されるユーザー参加型のビデオストリーミングのサービスが浸透していった。それをうまく利用してヒットを生み出すやり方が業界内でも広まっていったかと思います。いろいろなサービスが出揃ったことによって機が熟した結果だと思います」

コロナ禍でも伸長するストリーミング配信

 ライブエンターテイメント市場はコロナ禍で大きな打撃を受けたが、日本レコード協会が発表した2020年の国内音楽市場は前年比9%減の約2727億円。パッケージ市場が前年比15%減と落ち込みを見せる一方で、ストリーミング配信の売上は27%増の589億円と大きな伸びを見せている。

 「ライブエンターテイメント市場に比べると、音楽コンテンツ市場自体はコロナ禍でも大きな打撃は受けていないんですね。フィジカル市場に関しては小売店の売上が落ち込みましたが、それをECがカバーして20%減ぐらいでおさまっている。全体で前年比9%減に留まったのはストリーミングの伸びが大きく影響したからだと考えています」

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UGCからヒットが生まれるように

 新人アーティストが続々とブレイクを果たしているのも今の音楽シーンの特徴だ。2021年に入ってもAdo「うっせぇわ」などがYouTubeやTikTokをきっかけに注目を集めヒットしている。

 「TikTokに代表される音楽を用いたUGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ)の定着によってアーティストの発見が始まったと思っています。それによって新たなアーティストが発掘される空気が醸成された。僕らとしてもそれを可視化すべく、まずは2019年12月からTikTokでどういう楽曲が聴かれているのかのランキングを毎週ニュース配信するようにしました。さらに昨年12月からはHeatseekers SongsとTop User Generated Songsというチャートも発表しています。Heatseekers Songsはいわゆる総合チャートのHot 100を構成する要素から、ラジオ、ダウンロード、ストリーミング、動画再生数の数字を抜き出して集計し、その中からネクストブレイクの楽曲を抽出したチャートです。ここ最近はAdoの『うっせぇわ』や川崎鷹也の『魔法の絨毯』が1位になっています。一方、Top User Generated Songsはユーザーのアクティビティを明確に可視化するチャートですね。『踊ってみた』など楽曲に対してユーザーが二次創作をする動きが表れる楽曲が目立つようになっています。Adoの『うっせぇわ』は多くのUGCを生み出しているので最近はこちらでもずっと1位になっていて、総合チャートにも大きな影響を与えるようになりました。数年前に三代目J SOUL BROTHERSの『R.Y.U.S.E.I.』や星野源の『恋』がそうだったように、ユーザーが楽曲に対して色々な関わり方をすることでヒットが生まれるようになってきた。それが今の音楽シーンの特徴だと思います」

(文・音楽ジャーナリスト 柴 那典)

音楽へのアクセスが簡単になり、普段音楽をあまり聴かない人も聴く機会が増える良い時代に

ユニバーサルミュージック(同)EMI Recordsマネージングディレクター 岡田武士さん

 僕は2006年入社で、翌年からデジタル配信の部署で仕事をしてきました。当時は着うたフルの全盛期で、今のようなSNSはまだ無かったのですが、配信はお客さんの反応が数値としてダイレクトに見えます。その経験は今にも活かされていると思います。
 EMI Recordsのマネージングディレクターになったのは2018年です。最初のミッションはまだストリーミングに出していないアーティストの音源を出すこと。椎名林檎や松任谷由実といった象徴的なアーティストの作品を配信することで市場全体の活性化に繋がることをまずは考えていました。それと同時にフィジカルをどう届けるか、どうやってお客さんに欲しいと思わせるかを意識するようになりました。その頃から、この先の時代は音楽を普段あまり聴かない人も音楽へのアクセスが簡単になり、聴く機会も増える、音楽にとってはいい時代になると思っていました。

 だからこそ、新人開発に関しては、そういうターゲットの広がった時代にもちゃんと好まれるアーティストとサインしていきたいと思っていました。最初に契約したアーティストは、ずっと真夜中でいいのに。です。もともとはACAねというアーティストに出会って魅力を感じたのが始まりなのですが、2018年頃はシーンの転換期で、ストリーミングサービスが普及していくことでヒット曲が生まれ始めていた。そこでYouTubeを主戦場にするアーティストを考えていたのもあります。自分がレーベルの代表になり今までと違うやり方を試せる環境になったのもあってスタートしました。

 その後、ストリーミングに注力するようになり、そこでのお客さんの行動をどうマーケティングしていくかを考えるようになっていきました。たとえば素晴らしい楽曲を作るのは前提としてありつつ、ストリーミングの再生回数がどう動いているかを常に分析し、お客さんの反応を次に活かすような取り組みを繰り返していました。CDの場合は、そのCDがお店で売れた理由が何日前のプロモーションなのかわからない。けれどデジタルの場合は数字を見続けていればそれがわかる。そのことは着うたフルの時代もストリーミングの時代も本質的には変わっていないと思います。

 2019年からTikTokが若い世代を中心に一大メディアになっているのを感じたので、2020年はここを徹底的に攻略しなければいけないと思ってマーケティングを進めていきました。どういうところからヒット曲が生まれるのか、それをどう作るのか、新しいアーティストはどこにいるのか。そういう分析を積極的に進めています。

 コロナ禍以降は、ライブの回数の減少のみならずライブそのものの在り方が大きく変化しました。一方で、スマートフォンやPCなどアクセスも簡単になったことでお客さんが音楽を聴く機会が増えた実感もあったので、メジャーかインディーかに関係なく、チャンスが広がったとは思います。リアルな活動が制限されて全てがインターネットの中の動きになったことで、すごい機材を持っている人も、スマホしか持っていない人も、同じように何かを発表できる時代になった。もともとそうではあったと思うのですが、コロナによってそれが加速したと思います。なので、新しいアーティストにもチャンスがあるし、キャリアのあるアーティストも従来のファン以外の人たちにリーチできるタイミングが増えたと思います。

 コロナ禍でも、国内・海外を問わずファンベースのしっかりしているアーティストは、市況にかかわらず強いことを実 感しています。何よりアーティストのブレイクや成長が、音楽業界全体が盛り上がるための一番大きい要素だと思いま す。デジタルに関しては、よりストリーミングに注力して、TikTok発のヒットなどSNSの動向や、どうすればより聴かれるかの情報やノウハウを溜めて社内で共有しています。一方で、ストリーミング時代になればなるほど、フィジカルを工夫して売るということにも伸びしろがあると思います。
 これまではCDかBlu-ray/DVD付での発売がスタンダードだったと思いますが、今後は自由な発想で、よりお客さんが欲しいものを作ることが求められる。そういう意味ではまだまだ伸びると思うし、我々もそこを強化してやっていきたいと思っています。