SANZUI vol.06_2015 winter

裏舞台という名の表舞台

Photo / Ko Hosokawa   Text / Mika Asano

舞台は客席から見える表舞台と
見えない裏舞台によって
成り立っている。
舞台を裏で支える人に光を当てる。

STAGE 09箏製作職人 國井久吉

「さくらさくら」という曲を思い浮かべるとき、おそらくその調べには箏(こと)の音色がセットになっているのではないだろうか。あるいは「春の海」。曲名にピンと来なくても、耳にすれば「ああ、お正月に聞くあの曲」と、誰もが箏の雅やかな音を、記憶の奥底に持っていることだろう。

 國井久吉さんは、その箏を作って50余年。現在は息子・清二さんと二人、埼玉県三郷市で國井琴製作所を営む。自宅に併設された工房には、大小さまざまのカンナ、そして箏になるのを待っている桐材が所狭しと並ぶ。取材に伺ったときは、甲(本体の表板)作りの最中だった。

 箏は内部が空洞になっており、それによって音が響く。どんな音がどのように響くかは、主にこの甲の厚みで決まる。

「箏っていうのは弾いていくうちにどんどん音が出てくるようになる。昔は楽器の寿命を長くするためにあまり削らなかったので、肉厚で重かったんですよ。最近は長い時間かけて弾きこむというより、最初から音が出るものが好まれるのでそういうふうに作っています」

 時折、指で木をコンコンとたたいてその響きを確かめながら、リズミカルにカンナを動かしていく。「どこまで削ればいいかはカンナの音でわかる」と、その手には迷いがない。仕事道具の中には厚さを計測するゲージもあるが、「数値はあくまで目安。重い木は響きにくいから薄く、逆に軽い木は厚くと、木の性質によっても変わる。カンナの音を聞いていれば、その響きが変化していくのがわかる。カンナが『ここだよ』と教えてくれているんだと僕は思う」

 久吉さんと箏作りとの出会いは19歳のとき。中学を卒業して大工の修業に入り、4年ほど経ったある日、出入りしていた和楽器製造店の番頭さんから「こういう仕事をしてみないか」と誘われた。建築士の資格がなかった久吉さんは、「大工は一生雇われたままだけど、箏職人なら腕さえあれば独立も可能」と考え、転職。生来手先が器用だったこと、カンナの扱いなどの基礎ができていたこともあって仕事の覚えは早く、2年目で先輩を追い越し、3年目には指名で仕事が入るようになり、4年目にはついに独立した。

 これまで10人の弟子を育て、その中には二代目となる清二さんもいる。会社勤めも経験した清二さんだが、「父の代で終わらせてしまうのはもったいない」と、後を継ぐ決意をした。今は箏製作のほとんどを清二さんに任せているそうだが、「いつも、これでいいのかなという不安はあります。原料の桐材の買付けは父が行くので、時々自分もついて行きますが、目利きはすごく難しい」と、少ない言葉の中にこの道の難しさと父の存在の大きさをにじませる。

 久吉さんに、自身の50年という職人人生の中で、最も印象深い仕事は何ですかと問うと、40年ほど前に作った箏の話をしてくださった。

「原木は縦横がわからないほどの巨大な木でね。木地は固いし、杢(木目)は玉目※でぎらぎらしているし、今世紀ではもうないだろうというくらいの素材でした」

 今でも時折、その箏が演奏されている様子をテレビで目にする。箏の側面に施した蒔絵で自分の作ったものだとわかるのだとか。製作の注文はお箏屋さん経由で入るため、職人は自分が作った箏をどんな人が弾いているか、知る機会はあまりない。

 箏は弦が張られて初めて音を生むが、それ以前の素材となる木の選定と甲作りが最も重要と言われる。箏職人の仕事はまさにその要の部分。表舞台を支える流れの川上で、國井さん親子は黙々と箏を作る。

「全部仕上がって、ああ、きれいにできたなぁと思う瞬間が一番好きだね。僕は酒が飲めないけど、もし飲めたら目の前に自分が作った箏を置いて、一杯飲みながら眺めていたいです」

※玉目...木目が渦巻きのような美しい模様になったもの。


PROFILE 1940年福島県生まれ。埼玉県三郷市で國井琴製作所を営む。全国から注文が入り、第一線で活躍する箏曲家が使う箏も数多く手がける。伝統的な製造法に基づく箏製作において、全工程を一貫して手作業で行う高度な技術を有し、平成20年度、東京都優秀技能者(東京マイスター)知事賞受賞。箏作りの道具類の考案、部品の改良等においても高い評価を受けている。國井さんの製作風景も収録されているDVD「和楽器の世界」全4作〈琴、尺八・笛、和太鼓・鳴り物、三味線〉はユニスター甲の表面に「柏葉」という装飾を施しているところ。使われているのは紅木。インド原産の木で最近は入手しにくくなっているという (Tel:03-5979-7876)より好評発売中(※情報は発行当時)

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