SANZUI vol.01_2013 summer

特集 声

Photo / Anna Hosokawa   Text / Kiyoshi Yamagata

話せることは、人間の本当に素晴らしい能力であり、
神様から与えられた恩恵だと思います。
声のこだわり03 山川静夫 アナウンサー

僕は静岡浅間神社の神主の息子です。「かけまくもかしこき~」という祝詞の声を聞いて育った。自分ではあまり意識していませんが、歌舞伎の大向こう、アナウンサー、そして脳梗塞で倒れて失語症からのリハビリ、思えばずっと声と共に生きてきたともいえますね。

東京の大学に入り、そこで寮の仲間から歌舞伎の魅力を教わります。初めて歌舞伎座に行った時は、初代中村吉右衛門と六代目中村歌右衛門との豪華顔合わせ。踊りや所作、衣裳などももちろん素晴らしかったのですが、やはり声の表現力に度肝を抜かれました。それから役者の声色を遣うのに夢中になり、ひょんなことから学生時代に十七代目中村勘三郎の舞台にも声色で出演することになる。これも声に関わる素晴らしいご縁ですね。

大向こうも60年間掛け続けています。NHKのアナウンサーになり、当時はラ ジオ全盛時代。とにかく声を酷使しては毎晩毎晩酒を浴びるように飲む。それでも僕だけはとうとう声は潰れなかった(笑)。考えてみたら歌舞伎座の三階席からいつも「音羽屋~、成駒屋~、中村屋~」と声を掛けていた。大向こうはただ大きな声だけでは舞台に届かない。鉄砲玉のようにぽ~んと通すものです。知らず知らずのうちに大向こうで声がしっかり鍛えられていたのでしょうね。

失語症になって声に対する意識はがらりと変わりました。しゃべること、話せることは、人間の本当に素晴らしい能力であり、神様から与えられた恩恵だと思います。これを活かす、いや、活かさずして人間はあり得ない。どれだけ声が尊いものか、心から感謝しています。そして80年の人生で、ようやくわかったのは、表現は「伝える」ということよりも「伝わる」ことが一番大事。たくさんしゃべったり、うわべだけ話術で取り繕ってもきちんと相手の心に響かなければ意味がない。そして「伝わる」ためにはやはり最後は人間性。声は人なり。これからも「伝わる」ために声ととことん付き合っていきたいと思います。



PROFILE 1933年静岡県生まれ。エッセイスト。元NHKアナウンサー。紅白歌合戦白組司会を9年連続担当。NHKの顔として活躍した。2000年に脳梗塞で倒れ失語症になるが、「毎日24時間がリハビリ」の決意で短期間に復帰。歌舞伎や文楽などの伝統芸能にも造詣が深く、『大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし』、『歌舞伎は恋:山川静夫の芝居話』など著書多数。

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