PLAZA INTERVIEW

vol.023「音楽創造に必要なのは瞬間的な判断力」

大学在学中から友人たちとともに、アンダーグラウンドでヒップホップの活動を開始。MCバトルで3連覇するなどその才能を高く評価される一方、トラックメーキングや、久保田利伸や布袋寅泰など様々なアーティストへの楽曲提供(作詞、作曲)、リミックス、プロデュースといった幅広い活動で才能を発揮してきたKREVAさん。1997年に結成した「KICK THE CAN CREW」では、MCとほぼすべてのトラックメーキングを担当し、「マルシェ」で紅白歌合戦出場も果たした。2004年からソロ活動を開始すると、『音色』『イッサイガッサイ』『国民的行事』『アグレッシ部』(シングル)や『愛・自分博』『心臓』(アルバム)のように、人心を引きつけるタイトルのCDを次々とリリース。昨年は3か月連続で配信曲を出すなど、独自のスタイルで新しい音楽シーンを常にリードしてきた。そのKREVAさんが音楽に寄せる深い思いについて、CPRA広報委員会の松武秀樹委員長がじっくりと伺った。
(2010年05月14日公開)

Profile

ミュージシャン
KREVAさん
1976年神奈川県生まれ、東京都江戸川区育ち。慶應義塾大学在学中からヒップホップの活動を開始し、『B‐BOY PARK』のメインイベントであるMCバトルでは、99年~01年にかけて3連覇を成し遂げた。トラックメーカー、作詞家、DJとしての才能も評価が高く、3MC+1DJで結成した「KICK THE CAN CREW」では「マルシェ」でNHK紅白歌合戦にも出場。04年にソロとなったときから「KREVA(由来は英語のclever:ずる賢い)」を名乗り(DJネームは「DJ908」)、06年のセカンドアルバム『愛・自分博』では、ヒップホップソロアーティストとして初めてオリコン・ウイークリー・チャート初登場1位を獲得した。05年には映画『ローレライ』に出演。MC、リミックス、プロデュースなど、幅広いジャンルで精力的に活動を続けている。

ダンスミュージックから多彩な活動へ

023_pho01.jpg ―― KREVAさんはヒップホップ、作詞家、DJと幅広く活躍されていますが、「本業」は何かというとどうなりますか。
トラックメイクじゃないですかねえ。

―― ヒップホップという表現スタイルを選んだ理由は。
ブラックミュージックというか、ダンスにはまって、ダンスからDJ、DJからラップっていうふうに自然に推移していったって感じです。

―― その後、2002年にKICK THE CAN CREWの「マルシェ」で国民的な番組、NHK「紅白歌合戦」出場を果たしますが、その時のお気持ちは。
とにかく、出られたのがうれしかったですね。いまも、すごく出たいですよ。ソロになってから出てないから。

―― 2004年からソロに専念されて、インディーズからシングル『希望の炎』を出されましたが、そのリリース枚数が「1万908枚」。
最初はレーベルのスタッフから、「5万枚ぐらい出してバッと売りきっちゃったら」っていう話をされたんです。だったらもっと少なくということで、最初は「908枚」でもいいかなって言ってたんですよ(笑)。でも、インディーズチャートで1位取りたいねっていう話になって、「1番」に「クレバ」で1万908枚にしたんです。

―― ああ、なるほど。じゃあ、自分の思いがこの枚数に表れているわけですね。
そうですね。売るためにつくるんじゃなく、やりたいことがあふれてきて作った感じだったから。CD出せるだけでうれしかったです。

日本武道館という会場の素晴らしさ

―― 2006年になると飛躍の年で、セカンドアルバム『愛・自分博』を出されるんですけど、これが、オリコン・ウイークリー・チャートで初登場1位。そして、日本武道館で初公演をおこなわれましたね。
自分よりも、まわりが「武道館でやるぞ」っていうゴールに向かっていくパワーがありましたね。ふだんのライブの倍以上っていうぐらい。それを感じながらだったので、いつもより気合が入ったし、武道館はステージに立つと、ライブするためにつくったんじゃないかと思えるような会場でした。

―― 何か感じさせるものがあるんですね。僕も何回かやったことあるんですけど、あそこは音が飛び散るじゃないですか。
僕は音よりも、お客さんとの距離感がすごく好きですね。囲まれているような感じがして。

―― この年あたりはかなりライブをやっていますが、記憶に残っているのは...。
やっぱり、全国ツアー「K-ing」の武道館の2DAYSですね。2日目は完全にひとりでやったんですが、それを観た人と観なかった人とでは、俺への接し方が違うぐらいのものだったんですよ。DVDが出てるんで、ぜひ見てください。

配信とパッケージの違いは

023_pho02.jpg ―― 昨年からは、配信をされることが多くなってきましたよね。3か月連続で配信曲を発表されたり。CDではなく、配信という形で自分の楽曲をメディアに出すことはどう思われますか。
僕はポニーキャニオンていうレコード会社に所属してて、やっぱりメインに売りたいのはCDなんですね。とはいっても、主流になりつつある配信は気になる。で、やったことなくて、「配信てどうなんだろうね」って言ってるだけじゃだめだと思ったんで、配信に必要な制作過程なども勉強しながらみんなでやっていこうということで、3か月連続でやらせてもらったっていう感じです。

―― 配信用の曲を録音したということですか。
いえ。いつも通りの曲を、配信という流通に乗せるにはどういう技術が必要になってくるか。配信用のスタイルなりが、実際に体験してみないとわからないんで。

―― なるほど。ただ、配信の場合、コピーされちゃったりする恐れがありますよね。
止められないですから、しょうがないなって思いもあるんです。でも、自分で常々心がけているのは、モノとしてほしくなる音楽を作ること。『愛・自分博』でオリコン1位とったときも、パッケージとかデザイン全体を評価していただいたんです。「持っていたい」と思えるものを作ることによって、たとえ誰かがコピーしたとしても、「これいいからモノがほしいな」って思わせるようなものを作っていかなきゃいけないなって思っています。

―― あくまでも、パッケージで自分の存在をフルに知ってほしいと。
自分自身、CDで買う方が多いと思うんですよ。そのとき、デザインがよかったり、モードとして気が利いてるものだったら、それだけでとっておこうと思いますよね。そういうところプラス、曲のパワー。両方意識していければいいなと思ってます。

メーキングに大事なのは判断力

― 本業はたぶんトラックメイクであるとおっしゃったんですけど、どういうときにトラックメイクのアイデアが浮かびますか。
僕は、家にまったく機材など置いてないんですよ。曲をつくるときはスタジオで「はい、つくろう」ってやるんです。だから、ふだん聴いてる曲でなんかいいなと思うものが自分のなかにたまっていって、スタジオに行ったときにそれが出てくるっていう感じです。

―― トラックメイクするコツって、どんなことでしょうか。
最近の僕がやってるような音楽で一番大事なのは、何をどう選ぶかっていう判断のスピードだと思うんですよ。これだけフリーの素材集がネット上にもあふれているなかで、たとえそれがループでも、かっこいいと思えたらゴーを出せる判断力。何が必要かを瞬時に選んで、迷わずいくことが大事だと思います。

―― 「これかっこいい」っていう、瞬間的な判断力ですね。
しかも、そこで突き進んでいくのが大事な気がします。たとえば、僕は今SONOMIっていうシンガーのプロデュースをしているんですが、本人、レコード会社の人、マネージャー、エンジニア、自分とたくさん人がいるなかで、僕が迷ってたらどんどんぶれていくと思うんですよ。だから、ちょっと強引なぐらいに、いいと思ったものは進んでいく。そこを迷わない判断力が大事な気がします。

「ルール」よりも「マナー」を大事に<

023_pho03.jpg ―― 最後になりますが、実演家の権利についてはどのようにお考えですか。
その質問の範囲を超えちゃうと思うんですけど、世の中いろんなルールがありますよね。でも、それよりも大事なのはマナーだと思っているんです。たとえば、ある曲をすごく気に入った人が、どうしても友だちに聴かせたくてコピーしちゃったとする。それはルールでは間違ってるかもしれないけど、マナーにははずれていないと思うんです。もしかしたら、その友だちがその曲を気に入って、買ってくれるかもしれないし。でも、ただでコピーできるんだからやっちゃえみたいに、マナーをはずれちゃいけない。そういう気持ちをみんなが持ってもらえたら、実演家の権利も守られるんじゃないかと思うんです。

―― 大事なのは、一人ひとりの倫理観というか...。
こちらとしては、みんながマナーを守ってくれることを信じるしかないんです。僕のファンは守ってくれるって信じてるから、勇気をもって信じたいですね。

―― ぜひファンのみなさんにも、そういう思いを伝えていっていただければと思います。今日はありがとうございました。

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