PLAZA INTERVIEW

vol.016「日本の音楽ビジネスの行方を語る」

大学在学中からライターとして活躍してきた津田大介さん。週刊誌、インターネット誌、ビジネス誌、音楽誌などを中心に、幅広いジャンルの記事を執筆してきた。ネットカルチャー関連やデジタルコンテンツ流通、著作権問題などに詳しく、文化庁文化審議会著作権分科会の私的録音録画小委員会など、複数の諮問委員会に消費者代表のひとりとして参加、発言してこられた。 今回はその津田さんと、CPRA広報委員で貸レコード使用料委員会の委員長を長くつとめてきた寺本幸司委員が、インターネットや携帯電話などの普及で環境が激変してきた音楽ビジネスの将来について、じっくりと語り合った。
(2009年05月14日公開)

Profile

IT・音楽ジャーナリスト
津田大介さん
IT・音楽ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。週刊誌、インターネット誌、ビジネス誌、音楽誌などを中心に幅広いジャンルで執筆している。『だれが「音楽」を殺すのか?』、『仕事で差がつくすごいグーグル術』、『デジタル音楽の行方』(解説)等、IT、デジタルネットワーク、音楽産業などの著書多数。文化庁・私的録音録画小委員会委員。音楽配信を中心としたデジタルコンテンツ流通、著作権問題などの関連ニュースを集めた情報サイト「音楽配信メモ」、メジャーやインディーズ問わず国内の最新音楽情報を扱う音楽ニュースサイト「ナタリー」も運営。

「音楽」というコンテンツの力

―― CDレンタルの関係者が、今年に入ってから急激に中高生が店にこなくなったと発言しています。いろいろな原因が考えられるが、配信で音楽を入手するケースが圧倒的に増えているという調査結果もある。こういう状況について、どう思っていますか。
音楽を聴く人が、今後は二分化していくのだと思います。データだけで満足するユーザーと、そうでない人と。地方の高校生が大学などで上京するとき、昔だったらラジカセを持っていったのが、いまはパソコン1台だといいます。ステレオもいらないし、テレビもパソコンで見られちゃう。CDをもたず、レンタルの手間さえも考えず、音楽はデータだけでいいよっていうのが若い人に増えているのは事実だと思います。

―― 音楽はデータでいいと...。

016_pho01.jpg この20年間、不況で中高生の小遣いはあまりかわっていない。ただで手に入れられる音楽があればそっちへいくのは当然です。だから、音楽業界がいま何と闘わなきゃいけないかというと、違法なものがあるのは事実だけど、本質的には中高生が買いたい洋服とかゲーム、もっといえばネットを中心とした「コミュニケーションコンテンツ」なんですよ。「音楽はただでもいいや」っていう人たちに、どうやってお金を払わせるか、大多数をコミュニケーションに割かれている彼らの可処分時間を考えなきゃいけないんです。

―― 魅力のあるコンテンツがないからそうなってしまうのか、音楽も娯楽の1アイテムにすぎないとなってきているのか。
僕は、音楽もたくさんある娯楽のワン・オブ・ゼムになったと思っています。かつては間違いなく最も大きな精神的娯楽だったし、コンテンツのなかでもすごく尖鋭的で時代をリードしてきた。それがワン・オブ・ゼムになったいま、逆にもう一度、どうやって特別なものになるかを問い直さなければいけなくなっていると思うんです。

―― もう一度問い直す...。
メディアとかコンテンツとかいわれてる業界すべてが、消費者の興味をどうやって高めていき、どこからお金を払ってもらうかを一から問い直していかなけりゃいけない。

―― CDレンタル最大手のTSUTAYAなんかでも、オンライン・レンタルショップをやってますよね。ああいうシステムはどう思いますか。
あれはもともと、アメリカのネットフリックスっていうベンチャーのシステムなんですよ。郵送のレンタルで大成功したんですけど、すごく象徴的な話があるんです。むこうは、たとえばハリーポッターみたいに人気タイトルにすごい量の貸し出しが集中すると予想される場合、業者がライセンスを受けてマスターだけ借りて、DVD‐Rにコピーして貸し出したらしいです。そのやり方で、視聴者が待ちなしで借りられるシステムを実現した。ニーズがあるのに貸出中で機会損失があるのは、自分たちにとってもコンテンツホルダーにとってもメリットがないという現実的判断ですね。これが4年ぐらい前の話です。

―― それはすごい発想ですね。日本では考えられない。
で、そのネットフリックスのCEOが最近、「我々のビジネスはもってあと3年だ」といったんです。これからはみんなオンデマンドで、ハードディスクにオンラインから落として、見たら消す時代になる。アップルなんかはそういうビデオレンタルを始めていて、我々のビジネスは確実にあと3年で息の根が止まると。たぶん、日本でもそういう波がくるでしょう。若い子と話していても、確実にパッケージに対する思い入れは少なくなってます。

「インディーズ」の可能性は

―― セルも兼業しているTSUTAYA系列のレンタル店では、ここ数年インディーズのコーナーを増やしていって、インディーズアーティストの育成にも力を入れていますが、インディーズについてはどうお考えですか。

016_pho02.jpg すごくざっくりいっちゃえば、もう、これからはインディーズの時代ですよね。まあ、15年前からいわれてますけど。メジャー自身もいまどんどん細分化していって、サブレーベルをつくるなどインディーズ化していますよね。 消費者は気にしないですからね。インディーズもメジャーも。逆にいうと、フェスだって客がどれだけ呼べるかでいうと、インディーズでやってたバンドがトリをやったりしますから。流通もいまは整備もされてるしアマゾンもあるし、これからは間違いなくインディーズ的な方法論が主流になる時代になるでしょう。

―― iPodなんかが普及して、30代後半から50代ぐらいの人たちが、レコード店やレンタル店に音楽を求めて戻ってきてるという話もあります。そういう人たちをターゲットにした音楽の作り方もあるんじゃないかと思うんですけど、その辺はどう思いますか。
音楽をデータで聞くっていうことは「情報」でしかなくて、その情報が自分の心に深く入ってきて刻み込まれた時点で「作品」になるわけですよね。だからアーティストは、単なる情報をこえて、「作品」として一人ひとりの人の心に刻み込むためのことをやらなければいけないんだと思います。

―― そうなったとき、ライブにいこうとか、パッケージもほしいとなるんでしょうね。
ただ、そういう「作品」がほしいと思う人はそんなに多くはないと思うんです。でも逆に、すごくロイヤリティが高いユーザーです。だから、音楽業界はそういう人たちを大事にするべきだと僕は思います。

―― そうかもしれないですね。
コピーコントロールCD(CCCD)が出たときに僕がすごく反対したのは、音楽愛好家がないがしろにされたからなんです。iPodが受けたのは、間違いなく音楽好きなわけですよ。これから新しい音楽の楽しみ方ができると愛好家が思ったときに、レコード会社がCCCDを出した。聴き方も制限され、音質も悪くなるみたいな。それで、音楽を作品として楽しみたいと思っている少数の大ファンがものすごく裏切られた感じを持ったと思うんです。

「補償金制度」はどうあるべき?

―― 最後の質問ですが、iPodなどで音源がコピーして使われていくことについては、アーティストや著作者の権利のようなものがなんらかの形でカバーされるべきだと僕は思っています。文化庁の小委員会でもいろいろ議論がありましたが、結局は棚上げのようになっている状況はどうお考えですか。
委員会でもいいましたが、僕は、補償金制度はそんなに悪いもんじゃないと思っています。ただ、iPodのインパクトはすごく大きかったと思うんですよ。 99年にiモードが出てみんな電車内で携帯ばかり見るようになったのが、iPodが出たことによって、電車内で音楽を聴く人が戻ってきた。30代から50代の人たちが戻ってきてるのも、おそらくiPodのようなものが登場してきたことによるところが大きかったと思っています。

―― そういう意味では、iPodは大きかった。

016_pho03.jpg それに補償金をかけたいという思いはわかるんですけど、音楽業界はいままで、技術発展の恩恵をものすごく受けてきているでしょ。僕も、ちょうどレコードからCDに切り替えの時期に中学生ぐらいだったんで、高校に入った入学祝いにCDラジカセを買ってもらって、それで音楽をたくさん聴くようになった経験がある。それから音楽にいっぱいお金を払うようになって、優良な顧客になっていったわけです。音楽産業は、技術的発展の恩恵を受けていることは間違いないと思うんです。

―― それはたしかにあるでしょうね。ただ、この10年間ぐらいで、コピーやリッピングが音楽業界全体を縮小させているという状況がありますよね。
本当は、娯楽が多様化しているなかでの音楽の位置なども含めて考えなければいけなかったのに、たぶん、レコード業界はここ10年ぐらい、目先の売り上げを伸ばすために最悪の手ばかり打ってきたと思っています。いままでテクノロジーと二人三脚でやってきたのに、都合の悪いときには「これはコピーになっているから音楽産業を侵害している」みたいなことをいいだす。それはなんか、いいとこどりだけをしているのではないかと思います。「補償金をかける」っていう主張もわかるけど、そのまえにiPodなんかが音楽愛好家を広げたプラスの面にも目を向けなきゃだめでしょ。そのうえにたって、落とし所をさぐるしかないんじゃないですか。

―― ただ向いあって、お互いの言い分だけをぶつけても答えは出ませんからね。
でも、補償金ていうのは100%の透明な分配っていうのはどうしても無理じゃないですか。じゃあ補償金はやめちゃって、DRMの世界に行くのがいいともい えないけど、補償金のようなものをとるのだったら、たとえばCPRAのようなところがやっているように、もっとクリエーターのセーフティネットや社会保障のようなものに使っていくような方向のほうがいいと思います。

―― 誰がどうコピーしたか究極的にはわからないけれど、CPRAでは、放送二次使用料やCDレンタルの分配データをもとに、実態に即した分配はしてますけどね。
そういうやり方をするよりも、たとえば20億円集まったとき、それを原資にしてクリエーターの供託金のようにして、病気になったときの保険にしたり。若いクリエーターなんかは、意外に家が借りられないんですよ。保証金もないし収入も不安定で。そのときに連帯保証人の肩代わりをするとか。

―― それは面白い考えですねえ。

016_pho04.jpg サラリーマンでないがゆえの不利があるので、絶対にそういうセーフティネットをつくるべきなんですよ。もちろん、いまもそういう側面をもって分配していると思いますが、もっと、専業でプロとしてやっていこうとしている人たちに、一定のものを保障すべきだと思います。たしかスイスなんかは、50%近くを共通目的基金に使っていたんじゃないかな。そういう下支えをもっと考えていかないと。

―― たしかにそうですね。すごく重要な意見だと思います。今日は貴重なお話をありがとうございました。

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