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リアルメタバースと創作のこれから ―渡邊信彦氏(株式会社STYLY COO)に聞く

渡邊信彦(株式会社STYLY COO)

CPRA30周年記念事業 連続オンラインセミナー『メタバース、VR と実演』連動企画

インターネット等のネットワークを通じて世界中のどこからでもアクセスでき、ユーザー間での「コミュニケーション」が可能な仮想的デジタル空間、メタバース。総務省『令和5 年版情報通信白書』によれば、世界のメタバース市場は、2022年の8兆6,144 億円から、2030 年には123兆9,738億円まで拡大すると予想されている※1。都市空間と連動したXRコンテンツを制作・配信できるリアルメタバース・プラットフォーム「STYLY(スタイリー)」を運営する株式会社STYLYの渡邊信彦COOに、リアルメタバースの現状と今後の展望について話を聞いた。

貴社が手掛けていらっしゃる「リアルメタバース」とは、どのような概念でしょうか。一般的にメタバースというと、ヘッドマウントディスプレイをつけて、バーチャル空間上でアバターを介してコミュニケーションを取ったり、サービスを利用したりするようなサービスを思い浮かべますが、「リアルメタバース」とはどのような違いがあるのでしょうか。

一番大きな違いは、体験価値の生み方だと思います。
私は以前、バーチャルメタバースの先駆けとも言われる「セカンドライフ」の日本参入に携わったことがあります。その当時から、このようなサービスは、生身の人間をバーチャル空間にそのまま投影させるというものとは全く別物であり、その空間ならではの体験設計や集客導線が必要だと考えていました。
その後、コロナ禍でリアルでのライブ開催が制限される中、バーチャルライブが急速に浸透しました。パフォーマンスを間近で鑑賞できるといった、リアルライブでは味わえない楽しみ方ができる上に、会場が遠い等の理由でリアルライブに行きたくても行けなかったファン層を取り込めるといったメリットもあり、バーチャルライブは今後も一定数のニーズは残ると思います。とはいえ、アバターでは表現できる動きが制限されますし、何と言ってもリアルライブのような熱量は感じにくいという課題があります。また、一般的なバーチャルメタバースは閉じられた空間ですから、設定したメタバース空間に人を呼び込まなくてはいけません。
一方、リアルメタバースは、AR(Augmented Reality/拡張現実)技術やMR(Mixed Reality/複合現実)技術を用いて、現実空間を拡張する技術のことです。都市や映画館や劇場など、すでに人が集まっている現実空間をディスプレイにするので、集客の必要がありません。また、その場所に配置するコンテンツを目的として新たに人流を生むこともできるので、その場所の価値を高める、といった効果も狙えます。

リアルメタバースがもたらす可能性、方向性について、どのように お考えですか。

リアルメタバースは、現実世界の空間すべてを立体的にディスプレイに投影し、実際の建物の配置等にぴったりと合わせてAR表示するなど、「空間をメディア化」できる技術です。現実空間の3Dデータがリアルタイムでどんどん作られていくので、ビルの陰からキャラクターが出てきたり、角を曲がったらストーリーが展開したりといった、リアルとバーチャルとが連動したコンテンツを作ることができるようになってきています。リアルの街をステージとして使う等、エンタテインメントとしてもこれまでとはまったく違った表現方法やコンテンツ制作が可能になるでしょう。今まさに、そうした新時代の幕開けのような状況にあると思います。
米アップル社が、空間コンピューティング『Apple Vision Pro』を2024 年に発売すると公表しています。これを契機に、リアルの世界にデジタ ルの演出がかけられる、リアルメタバース体験の面白さを、より多くの 方が実感することになるのではないかと思います。現在はまだ機器が高 額ですが、5年後くらいにはもっと低価格化して軽量になったグラスが普及し、現実空間をディスプレイとして様々な表現をすることが一般化するのではないか、と予想しています。

Review05_image-1.jpg【参考】「ARTBAY TOKYOアートフェスティバル2023」でXRアート作品を展示(2023年9月)

技術の進展によって、表現に広がりが生まれているんですね。一方 で、普及のためにはそうした技術を使いこなすクリエイティブ人材の育 成も課題ではないでしょうか。貴社で取り組んでいらっしゃる「NEW VIEW」プロジェクトについて教えてください。

XRを活用した新しい表現がこれから普通になっていくだろうと想定した時に、圧倒的に足りないのは3D表現の技術を持った人材だと思いました。3D表現では作品の受け手がその空間に身を置くことになるため、単に絵を描く、映像を撮るのとはまったく違い、空間の背景を立体的に作らなければなりません。そのため私たちは、技術を習得するだけでなく、受け手をストーリーに入り込ませる方法なども身に付ける必要があると考え、「超体験」をキーワードに、2018 年に「NEWVIEW(ニューヴュー)」プロジェクトを立ち上げました。
NEWVIEW では作り方を教えるSCHOOLと、作品を発表するFESTを用意しています。
プログラミング・スキルがなくても、ウェブ上でXRコンテンツを制作・ 配信できるプラットフォーム「STYLY(スタイリー)」を用いて、誰でも創造・体験できるコミュニティにもなっています。
STYLYクリエイターは世界中にいて、映画監督、写真家、ミュージシャンと活躍領域も様々ですが、それぞれの表現方法を、空間体験としてアップデートすることを目標に取り組んでいます。例えば普段は2Dの絵を描く人が、自分の絵を空間で体験できるようにする際の見せ方など、リアルな空間ではできなかった空間創造を、より自由な表現でできるようになります。
XRを総合芸術として学ぶ「NEWVIEW SCHOOL」では、建築家やシナリオライターを講師に、空間やストーリーの作り方を学んだ上で、自分の作品を作り、配信します。そして、その年の集大成となる複合型イベント「NEWVIEW FEST」には、2023年は50組以上のクリエイターが出品しました。これまで、延べ3,000人以上のクリエイターが作品を展示しています。アーティストを公募し、企画の具体化から発表まで、NEWVIEWのパートナーとして創作活動をサポートする「NEWVIEW OPEN CALL」も2023年度より開始しました。

Review05_image-2.png「NEWVIEW」プロジェクトの様子

NEWVIEWプロジェクトを開始して5年になるそうですが、どのような手ごたえを感じていますか?

STYLYは無料提供しているものの、なかなか使ってもらうまで敷居が高いと思われているようです。そこで、STYLYを活用して作品をつくる 優秀なクリエイターを育てることで、彼らが他のアーティストに教えることを支援するという形を取りました。
東京、京都、台湾、トロント、ニューヨーク、バルセロナ、ベルギー、フランスには、STYLYのファンのクリエイターがコミュニティを運営しています。例えば、ニューヨークでは、パーソンズ・スクール・オブ・デザインの教授がSTYLYを使った授業をしていたりするんですよ。STYLYを使えばほぼ無料で制作できる環境が得られることもあり、やる気のあるクリエイターが自発的に広げてくれています。
米アップル社の『Apple Vision Pro』の発売発表により、これからはリアルメタバースの時代だと気づき始めたクリエイターも多く、参加者が非常に増えてきています。いよいよ新しい時代が到来するのではないかと「ARTBAY TOKYOアートフェスティバル2023」でXRアート作品を展示(2023年9月) 肌で感じています。

こうした活動が、貴社のミッションである「人類の超能力を解放する」に繋がっているのでしょうか。

「人類の超能力を解放する」というのは、人間がやろうと思っても物理的な問題によって実現できないことを、テクノロジーによって可能にしよう、ということです。
2015年に起業して初めての仕事が、デザイナーである中里周子さんのコレクション発表でした。予算の関係で展示会場は狭かったのですが、そこに洋服を展示するだけでは私の表現はできない、私の服を宇宙で売りたい!と言うのです。そこで、ユーザーがロケットに乗って、宇宙の店舗に来て、服を買う、という工程すべてをVRで表現しました。
これまでは、物理的制限がある中でいかに工夫して良いものを作るかということにクリエイターは情熱を注いできました。こうしたリアルメタ バースが普及していけば、今後はクリエイティブの方向性を変えなくてはいけないのかもしれません。しかし、表現の制限がなくなることで、これまでにないまったく新しい体験を観客にも創ることができると思います。

最近ではAI技術の進展も目覚ましいですが、XR業界にどのような影 響を与えているとお考えですか。

3Dデータの作成には費用も時間もかかっていましたが、生成AIを活用し、適切なプロンプトを入力すれば、スピーディに自動生成できるようになってきています。例えばミュージシャンが、自分の音楽を流す「空間」を自動生成するなど、自分が技術的にはできないところにAIを活用することで、費用や労力が軽減されるだけでなく、クリエイターの表現できることは一気に広がると思います。

このような技術の発展によるマイナスの影響を懸念するクリエイターもいますが。

確かに、生成AIでは、著名なクリエイターの作風に似たものを生成させることもできます。クリエイターにとっては、脅威だと感じる部分もあるでしょう。けれども、あくまで「○○風」であって、やはり本物とは異なります。その辺りの価値観や運用の仕方は、観る人や使う人が増えるほど、むしろ変わってくると思います。
技術の進歩を止めることはできないので、ただネガティブに捉えるのではなく、少なくともその活用方法をきちんと知る必要はあると思います。個人的には、技術の進歩を見据えて、どのように自分の表現領域を広げて自分らしい作品を創造していくか、という方向にクリエイターも変わっていくべきだと思っています。
私たちの周りには、このような変化にワクワクしているクリエイターはたくさんいますね。

最後に今後の展望について教えてください。

ウォークマン®が発売されるまでは、外で音楽を聴くことなんてできなかったのに、今ではそれが普通のことになり、サブスクのような様々なサービスが登場し、そうした変化によってアーティストの活動も広がりました。同じように、ARグラスのようなデジタルガジェットを身に付けながら暮らす生活が近い将来に訪れるとすれば、日常空間すべてがクリエイターの表現領域になってくるでしょう。そうなればクリエイターが活躍する場は増えますし、我々もそれを徹底的に技術面でサポートしたいと思っています。
ただ、リアルでの表現活動を否定するわけではまったくありません。
先ほども申し上げた通り、デジタルを活用することで、表現の幅が大きく広がるでしょう。世界中で活発に新しいコンテンツが作り出されている動きの中で、日本が取り残されてしまわないように、世界に通用するコンテンツを創り出していきたい。
ぜひいろいろなクリエイターと協働しなら、新しい表現領域を創っていけたらと思っています。


― どのような世界が広がるのか、今後が楽しみです。ありがとうございました。

(2023 年12 月11 日取材)


【注】
※1 総務省『令和5 年版情報通信白書』 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/r05.html (▲戻る)



渡邊 信彦(わたなべ・のぶひこ)
株式会社STYLY COO、事業構想大学院大学教授
東証1部上場 大手Sierにて金融機関のデジタル戦略を担当、2006 年執行役員、2011 年オープンイノベーション研究所所長を歴任、セカンドライフブームの仕掛け人としてメタバースのビジネス開発に関わる。その後、起業イグジットを経て、Psychic VR Lab(現 STYLY)の設立に参画。2017 年2 月取締役COO就任。他に事業構想大学院大学教授、先端技術オープンラボSpiral Mind パートナー、地方創生音楽フェス「one +nation」のFounder などを務める。



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