SANZUI vol.04_2014 early summer

ロングインタビュー 坂本龍一

たくさんの〝気〞に負けないように変身するための儀式

テクノロジーが変える現代の実演家の姿

――そしていま、坂本さんはひさしぶりのソロ・アルバムに取り組んでいるんですよね。

来年には出る予定。だけど、今年も6分の1以上が終わってしまったのに、まだ一音も書いてないです...(笑)。来年の春に出したとしても6年ぶりのリリースになってしまう。インターバルがどんどん拡がっていて、死ぬまでにあと何枚出せるかっていう。2枚ぐらいしか出せないんじゃないかって話ですよ、もう(笑)。パソコンとDTMの登場以前は、レコーディングするにしても他のミュージシャンと一緒に練習して、1時間なり1日なりをかけていいテイクが録れたら、それがゴールじゃないですか。個人でコンピュー ターでやりだすと、ここがゴールという地点がない。リミットレスなのでいくらでもやっていられる。むかし、まだアナログの時代に『音楽図鑑』(84)というアルバムを作って、そのときもリミットレスで、本当は制作費という意味でのリミットはあったはずなんだけど(笑)、それをぼく本人は知らずに1年10か月もスタジオを借りてレコーディングし続けた。同じ曲をほんのちょっと変えるだけで録音し直し。いまはそういう変更も、コンピューター上で数字をいじるだけで簡単に変わるから、自宅でいくらでも『音楽図鑑』的な状況を続けられる。どこかでやめるっていう決意がいまは大事なんです。

――コンピューターは人間の時間を奪いますよね。

とくにSNS。あのおかげで読書量もものすごく減っちゃうし、困ったもんです。たとえば本だったらどんなに分厚い本でも必ず最後がある。ツイッターにせよフェイスブックにせよ、終わりがないじゃないですか。リミットがないので、知識や情報をいつまででも探し続けちゃう。自分でリミットを設けないと、まったく際限がなくなる。

――テクノロジーの利点でもあり欠点でもありますね。

そういえば、最近、他人と一緒に演奏したことがないミュージシャンが意外と増えてるみたいなんですよ。

――え!

コンピューターを使えば全部一人でできちゃう時代でしょ。去年、ぼくがとても才能を買っている若いミュージシャンとセッションしてみたんだけど、なんだかうまくいかない。あれ、おかしいなあと思ったら、実は人と一緒に演奏するの初めてなんですって。え〜っ! ってもうびっくりしちゃって。いま世界中でCDが売れなくなってきて、音楽配信もそをカヴァーできていない。それでみんなライヴを増やしてますよね。でも、ライヴができないアーティストだって最近は多い。難しい時代になってきました。

――坂本さん自身も近年はライヴをする回数が増えていますよね。ああいう大観衆の視線を浴びるステージに登る前、いわば私人から公人に変身するための儀式のようなものはあります?

香りかな。一時期は香りに凝っていて、最近もかつてほどじゃないけど、ステージに好きなお香を焚いておき、同じ香りの粉を自分にも振りかけてステージに向かいます。その匂いを嗅いで、気を落ち着けるんです。粉というのはお坊さんが法要とかに行った帰りに邪気を払うために振りかける粉。空港とかで説明に困るんですが(笑)。

――(笑)香りで変身するんですね。

やはり大勢の人の目にさらされるステージでは〝気〞をたくさん受けて、こちらもアドレナリンがものすごくたくさん出て、とてもハイになりますね。変身しないと受け止めきれない。逆にステージを降りてからその興奮を醒ますのも大変。若いときはそれを醒ますのに朝までお酒を飲んだりしたけど、最近は体力がないので(笑)、朝までは無理だけど、多少はお酒を飲んで醒まさないと翌日が持たない。それはもう何十年やっても変わりませんね。


PROFILE 音楽家。1978年アルバム『千のナイフ』でデビュー。1984年、自ら出演し音楽を担当した『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞他を、映画『ラストエンペラー』の音楽でアカデミー賞、グラミー賞他受賞。近年は音楽活動のほかYCAM(山口情報芸術センター) 10周年展、札幌国際芸術祭2014などでキュレーションを手がけるなど現代美術にも深く関わる。主な著書に自伝『音楽は自由にする』(新潮社)など。(※情報は発行当時)

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