PLAZA INTERVIEW

vol.041「感謝の気持ちを音楽に込めて」

かつて「OLの教祖」とも呼ばれた岡村孝子さん。デビュー時の「あみん」から、現在までコンスタントに活動を続け、現在ではOLに限らず幅広い層からの支持を得ています。近年ではひとりの女性として、あるいは母としての視点から描かれたポジティヴなメッセージの曲も大好評。ニュー・アルバム『NO RAIN,NO RAINBOW』の発表を控えた岡村孝子さんに、音楽について、生きるということについて語っていただきました。聞き手は松武秀樹CPRA法制広報委員会副委員長。
(2013年03月28日公開)

Profile

岡村孝子さん
1962年愛知県生まれ。大学在学中に、同級生の加藤晴子と「あみん」を結成。ポプコン(ヤマハ・ポピュラーソングコンテスト)で「待つわ」がグランプリを受賞して時の人となる。1983年に「あみん」が活動を停止した後、1985年にソロ・シンガーとして再デビュー。1987年発表の「夢をあきらめないで」は幅広い層の支持を集めて、中学校の音楽の教科書でも紹介された。2007年、「あみん」の活動を再開し、同年の紅白歌合戦(NHK)で「待つわ」を歌う。これまでに多くのソロ・アルバムを発表し、最新作は本年3月発売の『NO RAIN,NO RAINBOW』(2013)。

さだまさしさんの曲が全ての始まり

041_pho01.jpg ――岡村さんが作詞や作曲を始めるきっかけとなったのは、どのようなことだったのでしょう?

子供の頃からクラシック・ピアノを習っていたんです。ひょっとして将来は音楽の先生になるのかもしれないなと思っていたぐらいなのですが、高校2年生のときにラジオから流れてきた、さだまさしさんの「雨やどり」という曲を聴いてしまったんです。

――ある日突然に?

そうなんです。そのとき初めて、作曲と作詞を自分でして歌う"シンガー・ソング・ライター"という職業の存在を知りました。そして、ひょっとして自分にもできるんじゃないか、いまやっているクラシック・ピアノよりも、シンガー・ソング・ライターのほうがおもしろいんじゃないかなって思うようになったんですね。

――なるほど! さださんの歌う詞もきっとすごく心に響いたのですね?

詞も曲も歌も、すっと自然に私の中に入ってきて、とても感動しました。もちろんそれまでも歌謡曲の存在は知っていてテレビで観たこともあるんですけど、それとはまったくちがう体験でしたね。あれがすべての始まりでした。

「あみん」は大人のクラブ活動

041_pho02.jpg ――その後、岡村さんは「あみん」としてデビューして、ソロに転じたわけですけれども、近年はまた「あみん」としての活動も再び行っています。「あみん」は岡村さんにとって、いま、どういう存在なのでしょう?

「あみん」は再始動するときに「大人のクラブ活動みたいな感じで楽しくやろう!」ってふたりで決めたんです。そういうクラブ活動のような雰囲気で年に3本ぐらいのライヴをゆったりとやってきています。もともとが学生時代に始めたユニットなので、当時の楽しく始めたときの気持ちでやれる場所。そういう存在です。

――そういうクラブ活動的な「あみん」の作品と、ソロのシンガー・ソング・ライターとしての岡村さんの作品では、曲作りや歌詞のちがいは、どういうところに出ているんでしょう。

もちろん、「あみん」の世界観と自分のソロ作品での世界観はわけているつもりですし、それ以外でも、たとえば、ディープなラヴ・ソングは「あみん」のほうではあまり歌わないかな。本当の恋愛のラヴ・ソングは、やはりソロで歌うほうがしっくりきます。あと「あみん」はやはりふたりの声のハーモニーを聴かせる音楽という側面も強いので、ハーモニーで歌うとメロディのよさが薄れるかも、というような曲もソロのほうに持っていきますね。

――デビュー後に影響を受けたアーティストも多いでしょうか?

はい。ラジオで音楽番組のパーソナリティーをするようになって、そこでかけた洋楽のアーティストからの影響はとてもあります。

――たとえばどういう方たちでしょう?

80年代の洋楽が多いんですけれども、フィル・コリンズ、スティング、シンディ・ローパー、マドンナ...。きりがないですね(笑)。あとペット・ショップ・ボーイズも大好きです。

――ペット・ショップ・ボーイズ(イギリスの打ち込み音楽ユニット)ですか! そういえば岡村さんの新しいアルバム『NO RAIN, NO RAINBOW』でもシンセサイザーの音がかなり聴こえますね。

はい、けっこう入ってます。

――ところで、ラジオには出られても、岡村さんはソロになってテレビの音楽番組にはほとんどご出演なさらないですね。

「あみん」のときに「待つわ」という曲がポプコンでグランプリをいただいて、とてもみなさんに聴いていただけました。当時はアイドルの全盛期、テレビの音楽番組も全盛期で、「ザ・ベストテン」「ザ・トップテン」「夜のヒットスタジオ」をはじめとしたたくさんの音楽番組にも出演させていただきましたが、あのときは、ちょっと大変な数の出演になってしまって、もともと、ゆっくりと存在を知ってもらえればいいなと思って始めた私たち的には、ちょっと違和感もあったんです。なんか違うなあと思っているうちに、加藤さんが大学に戻ることになって「あみん」の活動は終了してしまったんですけど、ソロとして再スタートするときに、あのときとは違う、地に足を着けた活動をしたいと思ったんです。

――「あみん」は大ブームになりましたものね。

そうなんです。「あみん」が終わって、私もいったん郷里の大学に戻って、よしこれからは車の免許も取ろう、花嫁修業もしよう! そう思いつつ、アマチュアとしてたまに歌ったりするのもいいなと、曲はちょこちょこ書きためていたんです。その後に、ソロとして再デビューしませんか? というお誘いを受けました。その際に、今回こそ地道なライヴ活動を重ねて自分の歌や音楽を浸透させて行きたいなと思ったんです。だから当面はテレビには出ない方向でスタートさせたのですけど、いつしかそれが当たり前になっちゃって、「そういえば出てないな」なんて(笑)。ふつうにアルバム作りとライヴ活動を繰り返すうちに最初にテレビに出ないことにしたということすら忘れてたんです(笑)。で、そんなときに、NHKから「夢・音楽館」という番組でさださんと共演しませんかというお話しをいただいて、さださんとでしたらぜひと、ひさしぶりにテレビに出演することになりました。

――さださんと共演ですか。本当に縁が深い!

さださんの歌を聴いたことがきっかけでこの世界に入り、長い年月が経ったいまでも続けていることができる。本当に感謝の気持ちがあって、それをぜひさださんに直接お伝えしたいということもあって、2005年に「夢・音楽館」に出演することに決めたんです。

ファンと一緒に前を向いて歩いて行けたら

041_pho03.jpg ――感謝と言えば、ファンの方への感謝を歌った曲もあるじゃないですか。

『勇気』(2011)というアルバムに入っている「IDENTITY」という曲かな? 「あみん」でデビューして25年目ぐらいに作った歌で、こんなに長い間歌ってこれたのは、聴いてくださるファンの方、一緒に音楽を作ってくれているスタッフの方たちのおかげだなあと、まずライヴで披露した曲なんです。これまでありがとう、これからもよろしくという気持ちを曲にしています。

――そのファンの方々には女性の方も多いですよね。同じ女性として女性ファンの方々への思いも強いんじゃないでしょうか?

はい。女性の場合、育児などで本当に忙しくなる時期もあって、同じような世代の女性のファンの方があるとき揃ってライヴにみえられなくなったり、一斉に戻ってきたりすることがあるんですよ。ステージの上から眺めていて「お、子育てだな」「あ、子供が手を離れたな」なんて思うことがあります(笑)。同じ女性であり、母親として、これからも一緒に前を向いて歩いていけたらと思ってます。やっぱり女性が元気なほうが、世の中も明るくなりますから(笑)。

――そのとおりです! やはり女性が力を持ってもらわないと、我々男性もパワーを与えてもらえませんから。母親として、娘さんに当てた曲もありますね。

直接に娘に向けて書いたものだと「Dearest Honey」(2000)という曲があります。娘がまだ小さかった頃で、ちょっと自分の中の母性という引き出しを開けて書いてみようかな、と思った曲。それよりももっと大きな視点ですべての母から子供に向けた目線で書いたのが前作『勇気』に入っている「mother」という曲です

生きているだけですごいこと

041_pho04.jpg――次世代を担う子供たちへのメッセージはとても大切だと思います。

いまの子供たちの世代は、担わなきゃいけないものがいっぱいありすぎて、とても大変だと思います。それとやはり東日本大震災を経験して、とてもたくさんの方たちが命を落としました。子供たちには、どうか命を大切にしてほしい、生きているっていうだけですごいことなんだよ、みんな必要とされてこの世に生まれてきたんだよと伝えたいんです。そういう気持ちを伝えたら、子供たちが大人になったときに、きっといろいろなことを感じてくれるんじゃないかなと思っています。

――それは聴く人にとてもよく伝わっているはずです。ぼくも今回のニュー・アルバムを聴いてその大事さを強く感じました。

東日本大震災が起こった2年前の3月11日は、ちょうど『勇気』のレコーディング直前の時期で、こんな大変なことが起こったのに音楽を作っていいんだろうかと悩んだんです。スタッフにもずいぶん相談したのですが、やはり、自分には音楽しかない、音楽で自分の思ったことを伝えることしかできないと気づいて、レコーディングに入ったんです。これまでなにげなく毎日を過ごしてきたけれど、なにげない日常というものがどんなにすごいことで、大事なものかがよくわかって、本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。きのうと変わらないきょうを迎えられることに感謝しつつ、前を向いて歩いていきたいというメッセージを込めたのが『勇気』なんです。

――今回のアルバムにも、日本人みんなで悲しいことやつらいことを乗り越えていこうというとてもポジティヴなメッセージの曲がありますね。岡村さんの場合、こういうメッセージや詞の世界を先行させて曲を作られるのですか?

いえ、私の場合はすべてメロディが先で、詞は後からです。詞を先に書いた曲は1曲もないんです。

――え、そうなんですか?

曲作りをはじめたときから、曲ができてからパズルのように詞を入れていくというのが楽しくて、そういう作り方しかできなくなってしまったんですね、きっと(笑)。サビのメロディーの部分にあらかじめキーワード的なものがあったりすることはありますが。

――なるほど! 最後になりますが、私たちCPRAの活動に関して、ご意見などありましたら教えてください。

うちの娘たちの世代は、やはり音楽との接し方が私たちとはずいぶんとちがっています。好きな曲があっても、その曲だけ単独でネットで聴くとか。私はやはり娘には「好きになったらCDを買って聴きなさい」と言ってるんです。作る側にとっては、どの1曲も渾身の力を振り絞って一生懸命に作っているわけですから。そのためにもCPRAのような団体に作り手の権利を守ってもらえないと、作るときに不安になってしまいます。これからもぜひ、しっかりと私たちの権利を守ってください。

――はい。音楽は人生を豊かにしてくれるすばらしいものですから、作り手の権利をしっかりと守ることも音楽へのリスペクトであると思っています。実演家の方の不安をなくし、次の世代の実演家も育てる。そのためにも、がんばってCPRAの活動を続けていきたいと思っています。

岡村孝子コンサートツアー2013
" T's GARDEN SPECIAL 〜NO RAIN, NO RAINBOW〜 "
▼2013年5月25日(土) 千葉・習志野文化ホール
▼2013年6月2日(日) 神奈川・相模女子大学グリーンホール大ホール(旧グリーンホール相模大野)
▼2013年6月28日(金) 岐阜・可児市文化創造センター
▼2013年7月16日(火) 東京・中野サンプラザホール
▼2013年7月30日(火) 愛知県芸術劇場
▼2013年8月2日(金) 大阪オリックス劇場

詳細は、オフィシャルサイトをご覧下さい。

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