PLAZA INTERVIEW

vol.014「世代を超えて伝統芸能を伝える」

江戸三座のひとつ、守田座座元という名家の家系に生まれ育ち、歌舞伎に対してはきわめて深い造詣をいだく坂東三津五郎さん。『蘭平物狂』の蘭平などの時代物から『魚屋宗五郎』の宗五郎などの世話物、さらには歌舞伎十八番『勧進帳』の弁慶から新作歌舞伎『道元の月』の道元禅師などまでを幅広く演じ、その明瞭な型や演技、しっかりと美しい科白には定評がある。また、日本舞踊の一大流派である坂東流の家元としても活躍され、社団法人日本舞踊協会の常任理事もつとめる一方、NHK大河ドラマや映画にも出演するなど八面六臂の活躍をされている。この日、「歌舞伎座百二十年 十二月大歌舞伎」で『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子などを演じる幕間のあわただしい時間をさいていただき、伝統芸能の歌舞伎を演じることや、間もなく改築になる歌舞伎座に寄せる思いなどを、CPRA広報委員で俳優の丸山ひでみ委員がうかがった。
(2009年01月09日公開)

Profile

歌舞伎俳優
坂東三津五郎さん
1956年東京生まれ。屋号は大和屋。曾祖父の七代目三津五郎に抱かれ、1歳にして舞台初御目見得。62年9月に歌舞伎座『黎明鞍馬山』の牛若丸で初舞台。五代目坂東八十助を襲名する。2001年1月に十代目坂東三津五郎襲名。当たり役に『倭仮名在原系図 蘭平物狂』の奴蘭平、『勧進帳』の弁慶など。06年にはNHK大河ドラマ『功名が辻』で明智光秀役、同年上映の映画『武士の一分』では番頭(ばんがしら)島田藤弥役を演じるなど、多彩な活躍で人気を博している。近著に『坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ』(岩波書店)。

肉体的にハードな芝居「歌舞伎」

―― 間もなく、2月大歌舞伎「歌舞伎座さよなら公演」夜の部で、「倭仮名在原系図 蘭平物狂(らんぺいものぐるい)」の蘭平を演じられますね。
いよいよ歌舞伎座があと16か月。さよなら公演の期間中ですので、たぶん「蘭平物狂」をこの歌舞伎座でやるのは最後になると思います。このお芝居は、昭和 29年に故尾上松緑さんが復活されて、約20分以上続く大立ち回りが大きな話題になった人気狂言なんですね。その後、うちの父や亡くなられた辰之助さん、で、今度は僕と、お互い親子で継承してきた伝統のある芝居です。ただ、立ち回りがけっこうハードなこともあって、50歳を過ぎてからやるのは今回の僕が初めてだと思います。

―― ご著書のなかにも、年齢がいくとそれなりに体力が落ちて大変と、書かれていますね。

014_pho01.jpg もちろんそれもありますが、この「蘭平物狂」では真ん中にいる人間はそんなに大した動きをするわけではなく、かかってくれる連中が大変なんです。でも、梯子に乗ったり井戸のやかたの上から飛び降りたり、それなりに動かなくちゃいけないんで、ちょっとウオーミングアップをして臨もうと思ってます(笑)。それと、この芝居は、立ち回りでからむ連中が、しかもかなりの熟達者が30人以上いないとできないし、怖くてやれない芝居なんですね。この2月は歌舞伎座以外の芝居があまり開いていないので、比較的人数がそろいます。それと、激しい立ち回りをするので、昼の部の序幕では身体が動かない。だから、身体が温まっている夜の部の序幕でやれるのがいい。いろいろな条件がそろわないと、できる芝居じゃないんですよ。

―― 踊りをなさったりいろいろあるなかで、立ち回りってやっぱり体力、体の使うところが違いますよね。
自分の身体だけでやるならいいんですけど、けっこう重い衣裳が加わってますから。動きは日本舞踊が基礎なんですけど、立ち回りの場合はかかってくれる連中とどう息を合わせていくかというところですね。とんぼ返りなんかも僕らはやるわけじゃないんだけど、若いときにいちおう稽古するんです。やってみないと、やってくれる人の「間」とか「息」がわからないんですよ。

―― お芝居でも、自分が主役になるまでにいろんな役をやっておくと、主役になったときに役立つのと同じことですね。
歌舞伎でもバレエでもそうでしょうが、100年単位で磨かれてきたものは、お客様とのたたかいですよね。ここまでできたんだったら、「もっとすごいことを 見せてよ」「やってやろう」っていう。そうやって練磨されたなかでできてきたものなので、歌舞伎で大役といわれているもの、「道成寺」も「鏡獅子」も、「勧進帳」も「蘭平」もみな大変ですよ。すでにかなり高いところにハードルが設定されていますから。とくに初めてやるときなんかは、体力的にその役に殺されちゃうぐらい。歌舞伎の場合は、同じ演目を何回か繰り返してやってきて、ようやく「こう表現しよう」というところに到達できるんです。

―― 私たちでも初めてのお芝居はいつも大変なんですけど、歌舞伎の場合は過去に演じられてきたものを観たりされているので、そういう思いはあまりないのかと思っていました。
僕も歌舞伎以外のお芝居に出たりすることがありますけど、ここまで肉体が大変という芝居は歌舞伎以外にないですよね。ほかの芝居で、演じてて苦しくて心臓が口から飛び出しそうだっていうことは、まずあまりないです。まあ、野田秀樹さんの芝居で走り回ることはあっても、重い衣裳をつけてるわけではないのでね (笑)。だから、他のお芝居をやって歌舞伎にもどってくると、単純に肉体的に疲れちゃいます。

建て直される歌舞伎座への思い

―― 歌舞伎座がいよいよ来年の4月で改築になるわけですが、ずっとこのなかでお育ちになってきて、どんな思いがございますか。
実に複雑なものがありますね。劇場ってただの建物じゃなくて、魂のよりどころですから。演じる側と観てくださるお客様と、さらに、そのお祖母様、曾お祖母様の代からの、お互いの魂のよりどころですから。それが消えてしまうっていうのは、なんといっていいかわからない感じですね。僕は十代目の三津五郎ですけど、ここをホームグラウンドにしてきたのは七代目、八代目からで、私の子どもをいれたら4代にわたっているんですよ。4代の三津五郎のホームグラウンドだし、大先輩たちにとってもそうなんですよ。だから、歌舞伎座で大役を初役でやるときって、何か目に見えない力が動かしてくれているなと思うことがあるんですね。そんなこと、他の劇場では絶対ありえないんです。

―― ここで演じてきた大先輩たちの力が、後押ししてくれているような......

014_pho02.jpg ただし条件がひとつ。自分が一生懸命に勉強したときに限り、誰かが力を貸してくれてるなと思うときがあるんですよ。大先輩が上からのぞいてて、「あそこを直すともっとよくなるのにな。どうしましょうね皆さん。この子は一生懸命やってるから教えてあげますか」って、アドバイスをいただける場所のような気がするんですよ。いわば、物故者たちの大きな仏壇みたいなもんなので、そういう劇場がなくなっちゃうのは寂しいですね。

伝統を残していくために

―― でも、そういう伝統的なものの建て直しって、これからいろんなところで起きるんですよね。
残念なのは、歌舞伎はもちろん松竹という会社がやっている商業演劇ではあるんですが、伝統芸能といわれ、人間国宝に指定される人も出て、国の重要無形文化財になり世界遺産にもなったのに、その本拠地に対して行政が何も手を貸してくれないことです。今回の建て直しでは、松竹がやれば経費の関係などでビルにせざるを得ない。でも、ウィーンやパリのオペラ座へ行ったりすると、劇場がまちのひとつの顔になっている。市民の心のよりどころになっている。外国にくらべて、そこが寂しいところですね。

―― 同じお金をかけるなら、この形をなんとか残してほしいですよね。

014_pho03.jpg 僕は逆に、いま国立劇場の大チャンスだと思ってるんです。松竹がこの歌舞伎座をビルにしてしまったとき、国立劇場ももう50年近くなるので建て直すときに、やっぱり歌舞伎をやるには歌舞伎らしい小屋という発想をもってくれると、劇場に対するイメージが逆転するかもしれないですよね。いままで、国立劇場は いいけどちょっと雰囲気がねっていわれてたわけだから。やっぱり歌舞伎を観るなら国立劇場だねっていわれるように、逆手にとってチャンスにできると思っているんですよ。

―― こうやって楽屋にまで入らせていただくと、歌舞伎座ってふつうの劇場と何か違いますね。
そう。不思議なことにね、一日中いても歌舞伎座の楽屋は疲れない。窓があって、昼か夜かがわかったりね。ビルの中だとわからないでしょ。空気も循環しないし。

―― 空気が全然ちがいますね。楽屋って独特のにおいがありますけど、全然ないんですね。
ビルになっちゃった劇場は、一か月いたら疲れきっちゃいますよ。歌舞伎座っていうのは、疲れないんです。「木」の力ですかね。

今年も多彩に活躍の場を広げて

―― 昨年は『坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ』というご著書を出されました。とても歌舞伎を身近に感じられるご本ですね。
これは、2、3年歌舞伎をご覧になった方向けなので、観たことのない人がいきなり読むと難しいかもしれません。歌舞伎の本って、入門書と専門書があって中級編がないっていうんで、ある程度歌舞伎を観た人がさらに奥深く理解できるようにという狙いで書いたものなんです。

―― 今年は歌舞伎以外にも、いろいろなご公演を予定されているようですね。

014_pho04.jpg 7月に新国立劇場で現代能楽集のひとつ、坂手洋二さん作の「鵺(ぬえ)」を鵜山仁さんの演出でやる予定です。田中裕子さんと僕とたかお鷹さん、村上淳さんの出演で。それが歌舞伎以外の特徴的な出演ですね。4月5月は歌舞伎座です。日本舞踊協会では、2月15日に国立劇場で公演がありますので、こちらもぜひご覧ください。

―― 本日はご公演さなかのお忙しいなか、貴重なお話をどうも有難うございました。

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