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動画配信サービスの現況

企画部広報課 小泉美樹

 動画配信サービスが活況だ。昨年9月にはアメリカのネットフリックスが日本でサービス開始。10月には民放5社合同の見逃し配信「TVer」、今年4月にはインターネットテレビ局「AbemaTV」がそれぞれスタートするなど、新たなサービスが続々登場。今年度の国内の動画配信の市場規模は1600億円余りに上ると見られ、5年後には2000億円を超えるとの予測もある。
 前号まで、ラジオ放送開始からデジタル化に至る放送の歴史を振り返ってきた。今回は、旧来の「放送」に留まらない動画視聴、動画配信サービスの動向を取り上げたい。

拡大する有料動画配信市場

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 野村総研の予測によると、2016年度の国内動画配信市場は1600億円余りに上る。2021年には2000億円を超える規模に成長すると見られる。10年前のおよそ2.5倍だ(※1)

 これまで、国内の動画配信サービスは、1本あたり数百円程度を支払い視聴するTVOD(都度課金型動画配信、Transactional Video On Demand)が中心となっていた。10年ほど前からNHKや民放各局が相前後して自局の過去の放送番組の配信を始めたほか、ビデオレンタル最大手のTSUTAYAは2008年から「TSUTAYA TV」でTVODを提供してきた。一方、ここ数年利用者数を伸ばしているのが、毎月一定の利用料金を支払うと見放題になるSVOD(定額制動画配信、Subscription Video On Demand)である。ICT総研が昨年9月に発表した推計によれば、2014年12月末時点の有料動画配信サービス利用者は790万人。そのうち半数を超える420万人が定額制のサービスを利用していた。SVODの利用者の割合は今後も大きくなっていく見通しで、2018年には、有料動画配信サービスの利用者は1490万人となり、そのうち、SVODの利用者が7割に上る見込みだという(※2)

 昨年9月に日本でサービスを開始したアメリカのネットフリックスは、世界最大手のSVOD事業者だ。TVODのサービスを提供していた日本国内の事業者も、相次いでSVODに参入している。2014年に日本テレビがアメリカHuluの日本事業を買収し、民放として初めてSVOD事業に参入。2005年からTVODを提供してきたフジテレビの「フジテレビオンデマンド」も、今年8月から新たにSVODの新サービス「FODプレミアム」を始めると発表している。他の事業者に先行してSVODのサービスを行ってきたNTTドコモとエイベックス・グループも、昨年4月にユーザーインターフェイス(UI)を刷新、レコメンド機能等を追加するとともに、サービスブランドを「dビデオ powered by BeeTV」から「dTV」に改めた。

 また、今年2月にはビデオレンタルのゲオホールディングスとエイベックス・デジタルが「ゲオチャンネル」を新たにスタートさせるなど、新規参入する事業者も後を絶たない。今や日本国内では50以上の動画配信サービスがひしめき合っている(図1)。

動画視聴行動の変化への対応

 NHK放送文化研究所が5年ごとに実施している「日本人とテレビ・2015」では、テレビの視聴時間が初めて「短時間化」に転じた。前回2010年の調査と比較すると、テレビの視聴時間は、20代から60代までの幅広い層で減少している。一方、録画したテレビ番組への接触は全ての年代で増加した。4割以上が「リアルタイム(放送と同時)で見られる番組でも、録画して都合のいい時に見る」ことがあると回答するなど、好きな時間に好きな番組を見る、タイムシフト視聴が広がっていることが窺える。CMによる広告収入を主な収益源とする民放局にとっては、録画視聴によるCMスキップ対策は大きな課題となっている。

 2015年10月に在京民放5社が合同で始めた公式テレビポータル「TVer」も、そうした視聴者のアプローチの変化への対応を目的のひとつとしている。各社で放送中のドラマやバラエティなどの番組を放送終了後1週間程度配信するもので、広告ベースで運営される無料のサービス(AVOD:AdvertisingVideo On Demand)だ。年末までに視聴用アプリの100万ダウンロードを目指していたが、サービス開始から1か月に満たない11月19日に目標を達成。今年6月8日に幕張メッセで開催された「Connected Media Tokyo 2016」において、270万ダウンロードを超えたとの速報値も発表された。TVerおよび各社が提供するキャッチアップサービスのユーザーの構成は、15歳~34歳の男女の割合がテレビ視聴者よりも大きく、テレビを見なくなったと言われる層に対する補完効果が現れているという。

「インターネットテレビ局」AbemaTV

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 好きな動画を好きなときに見られることを強みとしているVODが勢力を拡大する中、番組表に従って番組を配信するリニア形式を採ったのが、2016年4月に本格始動したAbemaTVだ(図2)。「TV」の名が示す通り、ユーザーはテレビ放送のように編成された番組を受動的に視聴する。

 このような配信のスタイルを選んだ理由について、サイバーエージェント執行役員でAbemaTV経営管理局の横田淳氏は「藤田(晋サイバーエージェント代表取締役)社長の思いが大きい」と話す。「エイベックスと共同で立ち上げたAWAでの経験から、インターネットのユーザーは、能動的に探して何かを見たり聞いたりするスタイルに疲れ始めているのではないかという仮説を立てた。なんとなく見る『受け身視聴』の方が、若者に受けるのではないかという思いがあった」という。

 AbemaTVは、サイバーエージェントとテレビ朝日の合弁会社。スマートフォンアプリは本開局から3か月で累計500万ダウンロードを突破している。現在25のチャンネルが用意されており、24時間ニュース、オリジナルのバラエティのほか、過去に国内外のテレビで放送されたドラマやアニメや、ネット動画も観ることができる。過去1か月分の番組を視聴することができる有料のタイムシフトも用意されているが、基本的にはTVerと同じく無料の広告型だ。

 パソコンでも観ることができるが、圧倒的にスマートフォンからの利用が多い。移動時間などのすきま時間にメインで見られているのかというと、そうではないようだ。「昼よりも夜、平日よりも休日に視聴数が増える。予想よりもじっくり見られているという印象がある」と宣伝本部広報責任者の鳥羽綾子氏は語る。

 テレビの視聴スタイルとも重なるが、横田氏は「既存のメディアがなくなっていくということではないと思う。テレビでしかできないと思われていたことが、インターネットでも実現できるようにはなってきている。垣根がなくなっていく部分もありつつ、それぞれの特長、強みは残っていくのではないか」と語る。

ネットとテレビのこれから

 IT企業とテレビ局といえば、買収騒動に揺れた歴史がある。株を買い占め提携を迫ったIT企業とその手法に反発するテレビ局の対立が連日のように報じられた。それから10年が経ったいま、連携する動きが相次いでいる。日本テレビはHuluと共同制作したドラマ「THE LAST COP/ラストコップ」の第1話のみをテレビで放映し、第2話以降をHuluで配信。フジテレビがネットフリックスで人気番組「テラスハウス」の新シリーズをテレビ放送に先駆けて提供するなど、動画配信サービスで番組を先行配信する例も見られる。今年4月にはTBSがLINE前社長が立ち上げたベンチャーのC Channelと協業し、スマホ向け動画配信事業に参入することを発表。「ネットとテレビ」の関係は、変わりつつある。

 「通信と従来の放送は対立構造のように描かれることが多いが、新しいものを作ろうという気持ちで一緒にやっている」と横田氏は言う。AbemaTVの運営の中で、テレビ局のコンテンツ制作力やノウハウを改めて痛感しているという。

 テレビ局側の意識も変化している。先述の「Connected Media Tokyo 2016」において、テレビ朝日の総合ビジネス局デジタル事業センターオンライン事業担当部長の大場洋士氏は、テレビ局がコンテンツのラインナップにこだわりがちであるのに対し、「サイバーエージェントはUIもコンテンツの一部という認識を持っている」とし、インターネットビジネスに精通している企業との協業によって得られた知見を高く評価した(※3)

 横田氏は、AbemaTVの開局の際、苦労したのがコンテンツの提供元や権利管理団体への説明だったという。これまでにないサービスだったためだ。「AbemaTVもまだ発展途上だし、新しい形のサービスはこれからも登場していくだろう。既存のルールを準用しつつ、その都度新しいルールを作って試しながらやっていくしかないのではないか」と話す。

 今後も日々変化する状況を注視し、実演家の権利の在り方や権利処理について、適切に対応していくことが求められよう。

【注】

※1:「ITナビゲーター2016年版」(野村総合研究所、2015年11月25日) (▲戻る)
※2:「2015年 有料動画配信サービス利用動向に関する調査」(ICT総研、2015年9月28日)(▲戻る)
※3:※3:『日経ニューメディア』2016年6月13日「『Hulu』『AbemaTV』『TVer』...、放送事業者らが動画配信の現状と今後を報告」(▲戻る)

参考文献
●西田宗千佳『ネットフリックスの時代―配信とスマホがテレビを変える』(講談社現代新書、2015年)
●NHK放送文化研究所「日本人の生活時間・2015」
 http://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20160501_8.pdf
●同「日本人とテレビ・2015」
 https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/yoron/broadcast/pdf/150707.pdf